アングルのバイオリン

violon d'Ingres. 趣味か余技か、それとも悪ふざけか・・・ とにかくこれが私の日常。

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こんな時、ナンシー関だったら・・・

こんな時、ナンシー関だったら何て言うだろう・・・?

ナンシー関なき、ここ数年、そんな問いを知らず知らずのうちに発してしまう人は、意外、というべきか、当然というべきか、多いようだ。確か、リリー・フランキーもそんなことを書いていたような気がする。
知らず知らずのうちに、ナンシーを心の指標にしている、私もそんなひとりだ。

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音版ビックリハウスを発見する

大掃除をしていたら、「音版ビックリハウス」というカセットが出てきた。懐かしすぎて、涙がこぼれ落ちそうになった。ほとんど、タイムカプセルみたいな発見である。

「ビックリハウス」といっても、テーマパークではない。あくまでも雑誌である。80年前後、「宝島」と並んで、私たちサブカル少年のバイブルであった。「宝島」は情報誌だが、こちらは、読者参加の投稿誌。「ヘンタイ」というカタカナ語を流行させた、糸井重里の「ヘンタイよいこ新聞」など、サブカル少年たちの登竜門となっていたものだ。
「ヘンタイよいこ新聞」、いわば、「欽ちゃんのドンといってみよう」みたいなものなのだが、実は、私も密かに投稿していて、何度か採用された。後に、本になり、そこにも、私の作品が掲載されているのが自慢なのだが、誰もその業績を理解してはくれない。

le pollen (花粉)

花粉症の季節である。花粉症、フランス語では、「allergie au pollen」と言うらしい。

花粉症、花粉症、と言いながら、実は、ここ数年、それほど重症になっていない。今年なんか、目が少々痒くなるくらいで、まだ被害らしい被害はない。もしかして、花粉症卒業か?などとも期待しているのだが、今年が軽いだけなのか、それとも、本番はこれからか。

学生の頃に、ひどい花粉症に悩まされ、それでも、無理して酒を飲みに行って、鼻水と涙に顔全体を支配され、ほとんど意識が朦朧としていたことを思い出すが、あの頃は、私の中の花粉症全盛期だった。春先の、青春のエネルギーを、すべて花粉症に消費されてしまった感がある。

ノスタルジア



小学校時代は、すでに遠いものになってしまった。
娘が、私の卒業した小学校へ通っているから、時々、学校を訪れる機会がある。校舎もそのまま残っていて、もちろん、だいぶ改装は進んでいるが、それでも、ちょっとずつ、ちょっとずつ、懐かしい気分を味わったりしている。

年をとったせいか、ここ数年、70年代のことが無性に懐かしく思い出されてしかたがない。
寅さんの映画を毎週楽しみにしているのも、そこに描かれている当時の街の風景に浸りたいからかもしれない。
「前向き」という言葉をやたらと耳にして鬱陶しいことこの上ないが、私は、「後ろ向き」の人間だと思っている。ノスタルジー万歳、である。

白隠禅師の子孫

信仰心など、これっぽっちも持ち合わせていない私であるが、般若心経を途中まで唱えることができる。
実は、ほんのちょっと、出家しようかと思ったことがある。もちろん、オウムではない。禅宗の臨済宗である。

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