アングルのバイオリン

violon d'Ingres. 趣味か余技か、それとも悪ふざけか・・・ とにかくこれが私の日常。

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格闘技戦の「リアル」さについて

観たのである。
何を、って、前田対ニールセンを。

観始めて、おい、何だ、これは、8㎜フィルムじゃないか、と気づいた。
そう、これは、私が、20年前に飽きるほど観たテレビ朝日制作の番組のビデオではなく、客席から8㎜で撮影したものであることがテロップで説明される。
慌てて雑誌を確認したら、「映像はアナウンスはないためかえって臨場感があり、(後略)」と書いてある。そりゃ、アナウンスはないだろう、8㎜なんだから・・・。
アナウンス云々ではなく、素人の撮影した8mmフィルムですよ、と書いてほしかった・・・。

でも、しかたがない。すぐに気分を立て直して、懐かしい試合を観かえしてみる。
1986年当時に録画したのは、何とベータ。だから、その後、すぐに観られなくなった。
20年ぶりに観る「異種格闘技戦の最高傑作」である。

さて、試合開始。
画質は悪いが、確かに、臨場感はある。場所は国技館、リングサイドではないが、割と良い席から撮影したものだ。テレビで観る画面とは違うが、試合会場で観ているような気にはなる。
すると、昔のテレビ画面ではわからなかった会場の異常な興奮度とか、そんなものが伝わってくる。これも悪くはない。

当時は、異種格闘技戦の最高傑作、と信じていたこの試合、20年ぶりに観返してみると、何だか違和感がある。何だろう、と思っていたら、ロープブレイクなのだ。前田がニールセンをつかまえたと思ったら、すぐにロープブレイク。だから、試合が途切れ途切れになる。当時はそれが当たり前だったが、ロープブレイクのない現在の総合格闘技からすると、ちょっと、ストレスがたまりそう。

素人目にも、前田の技術も、ニールセンの打撃も、かなり甘いように映る。
しかし、それも、現在の視点で見ているからだ。ニールセンの力量はさておくとしても、試合としては、当時の最先端であったことは間違いないと思う。
勝敗は、前田の逆エビ固めで決まるが、その時の「前田コール」は凄まじさが、ファンの興奮ぶりを物語っている。「格闘王」が誕生した瞬間だ。
お互いが向き合って、キック、タックル、寝技、と移行する、いわば、現在の総合格闘技の萌芽が、ここにはある。猪木の過去の異種格闘技戦が劇画調に見えてしまうほどリアルに映ったのである。

映画「スパルタンX」で、ジャッキー・チェンが、怪鳥ベニー・ユキーデと演じた格闘シーンを思い出しもらいたい。それまでのジャッキー・チェンのコミカルなカンフーアクションではなく、キックボクシングスタイルのリアルなものだったことに、私たちは新鮮な驚きと興奮を覚えたものだが、その体験と似たものがある。
「やっぱり、酔拳じゃ、実戦には役立たないよな。」と、しみじみ思ったものだ。
ちなみに、「スパルタンX」は1984年の公開。ニールセン戦の2年前である。

格闘家同士が「真剣勝負」をすると、こうなるのだ、というイメージは、時代によって変化する。「リアル」という概念は常に変容しているのだ。
戦後、力道山のプロレスに熱狂した人たちは、まさに、あれを「リアル」なものとして捉えていた。体の大きなアメリカ人レスラーを、力道山が空手チョップでなぎ倒す、そのカタルシスたるや、私たちの想像を遥かに超えるものがある。
その後、プロレスそのもののリアルさが失われつつあった時、猪木の異種格闘技戦という、いわば上位概念が出来上がって、私たちは、そこに新たな「リアル」を見出した。
そして、猪木の衰えと交錯するように、前田たちのUWF、つまり、キック、スープレックス、サブミッション、という試合展開が「リアル」の座についたわけだ。
そして、それは、現代の総合格闘技のスタートでもあった。


ただ、この試合の真相、つまり、ガチ(真剣勝負)であったのか、それとも、ブック(仕組まれた試合)であったのか、ということに関して、最近では、ブックであった、とする声の方が多い。
ニールセンは、ベニー・ユキーデ主催のジェット・センター所属の選手で、セコンドにも、ユキーデの悪名高い兄アーノルドがついていて、インターバルごとに指示を出している。まあ、それは当然のことなのだが、その内容が、試合の筋書きに関するもので、ビデオ(おそらくテレビ朝日のものだろう)に、しっかりと音声が収まっているという指摘もある。

この手の試合での、セコンド、あるいはフロントの動きというのも微妙なもので、学生プロレスのチャンピオンでもあった友人は、猪木対モンスターマン戦におけるリングサイドでの新間寿の動きに注目していた。試合のフィニッシュが近くなって、新間の動きが慌しくなって、さかんにモンスターマンのサイドに何事か働きかけている、というのだ。
まあ、そういうこともあるかもしれない。いや、黎明期の異種格闘技戦というものは、そういうことでしか成立しなかったのだろう。
もちろん、現在のPRIDEにだって、怪しい試合はいくらでもあるわけだが。

当時の状況、というか、コンセンサスでは、新日本にUターンしてきたものの、プロレス的ルールを守らない前田に制裁を加えるために、WKAのクルーザー級のキックボクサー・ニールセンを呼んだ、ということになっていたわけだが、それも、一種のアングルではあるだろう。文字通りの「刺客」に抜擢するには、ニールセンは、微妙な選手だった。あくまで、プロレス的な「刺客」でしかなかったとしか言いようがない。

最近、前田に馬鹿にされた新日本プロレスの永田裕志が、反論として、前田対ニールセン戦について批判的な発言をしているようだが、俺の2試合(ミルコ戦、ヒョードル戦)はガチだったけど、あんたのはブックだろう、と言いたいように思える。
永田の「ガチ」は、確かに無様なものだった。プロレスでは無敵ともいえるチャンピオンが、何もできず腰が引けたままKOされてしまう。格闘技のスタイルにもなっていない。
しかし、あれはあれで、残酷なようだが、「リアル」なものであったと思う。

前田日明、信者も多いかわりに、敵も批判も多い。
確かに、問題の多い男であることには間違いないだろう。でも、そんなことも含めて、やっぱり、私は前田信者でいようと思う今日この頃である。

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