アングルのバイオリン

violon d'Ingres. 趣味か余技か、それとも悪ふざけか・・・ とにかくこれが私の日常。

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

大山倍達をめぐる謎

mas.jpg

こういう本を待っていたのである。

伝説の男・大山倍達の、実証に基づく詳細な伝記。この男の実像について、今まであまりに知られていなかった。基佐江里の「大山倍達の真実」(気天舎)も、その「真実」の根拠を大山倍達の発言に多く置いていて、結局、本当のところを知りたいという私たちの欲求は、もやもやしたまま棚上げされていた。

大山倍達。
伝説だらけの男である。地上最強の空手家。牛殺し、全米でプロレスラー相手に全戦全勝。愚かにも、梶原一騎の「空手バカ一代」のすべてを信じていた私たちは、その後、その反動で、この男を疑いにかかる。ヒステリックなマニアは、この男のすべてを否定しようとさえしている。

80年代後半、フランスで暮らしていた頃、韓国人の友人と話をしていた。私が「空手バカ一代」のことを話し、「牛を殺したんだぜ。」と自慢したら、その友人は、韓国にも、熊をテコンドーで殺した男がいる、という。「大野望」という劇画の主人公がそれだ。実は、「空手バカ一代」でも、大山倍達は、熊と格闘までこぎつけたが、警察の妨害が入り、中断されている。しかし、「大野望」の主人公は、見事、熊を殺したと言うではないか。
何という男か?と聞いたら、「チェ・ペダル」だという。「空手バカ一代」の主人公は何というのか、と聞かれたから、「オオヤマ・マスタツ」だ、と答えた。その時、ふたりが、お互いの主人公の名前を漢字で書いていたら、また違った展開になっていたかもしれない。
「倍達」。ハングル読みでは、「ペダル」であり、もちろん、このふたり、実は同一人物であった。ちなみに、「倍達」とは、朝鮮の上古代時代の称号らしい。そして、そのことが、伝説の男、大山倍達の複雑な人生の鍵を握っている。

「大山倍達正伝」によれば、極真会館総裁・大山倍達が、自分の出自、つまり、朝鮮出身であることを公にし始めたのが、1990年頃のことだという。それまでは、ごく近い関係者しか知らないタブーでもあった。だから、韓国人の友人と話した80年代後半、私は、大山倍達が日本人であることをまったく疑っていなかったのである。

ただひとつ、思い出すことがある。
70年代のことだったろうか。テレビで大山倍達がインタビューを受けているのを見た時。。それを見た父が、「この人は、日本人じゃないな。」とつぶやいた。まだ中学生だった私には、その意味がよくわからなかった。確かに、大山倍達の言葉には、妙な訛りがあって、子供ながらに不思議な感じがした。
もっとも、大山倍達は幼い頃、満州にいた、という「事実」を本で読み、それで、妙な訛りがあるのだろう、としか思わなかったのである。大山倍達は、そこで、「借力」という武術の手ほどきを受けたということになる。
しかし、「正伝」によれば、大山倍達は、一度も満州などに行ったことはないという。さらには、「借力」自体が、大山が創作したフィクション、架空の武術だったのだ。

とにかく、伝説だらけの男、それが大山倍達だ。
あまりにその伝説が肥大しすぎて、この最強の空手家の実像がまったく見えてこなかった。それは、単純に、梶原一騎の「空手バカ一代」のせいだけではない。実は、それ以前から、大山自身が、自らの出自を消し、その過去と現在とを脚色していった結果である。密入国した朝鮮人・崔永宜が、日本人・大山倍達として売り出してゆく過程で、それは必要な捏造でもあった。

大山倍達を語る上では、多くの謎と疑問があって、本当のところを知りたいと思っている人は実に多い。この本は、綿密な調査を行って、その疑問にひとつひとつ答えている。
例えば、戦後の一時期、大山倍達は何をしていたのか。
基の本で、政治運動に加わっていた、ということは書かれていたが、実はそれが、日本政府やGHQに対する在日朝鮮人の民族運動であり、その過程で、同胞同士の抗争にも明け暮れ、実戦の腕を磨いたという。つまり、それまで、ヤクザや米兵相手の武勇伝ということが喧伝されていたが、それらはすべて、実は民族抗争に関わるものだったらしい。「殺しの柳川」こと柳川次郎との関係も、この当時のものであるし、後の力道山との確執も、そういう民族抗争の視点から見るとまた新しい事実が現れてくる。

例えば、アメリカで本当にプロレスラーと戦ったのか。ディック・リールというレスラーは実在するのか。格闘技ファンにとっては、永遠の謎であり、疑問だ。最近では否定的な声が多かったのは事実である。一緒に遠征をした柔道家・遠藤幸吉の、「大山クンはあくまでも空手のデモンストレーションに行った!プロレスやりに行ったんじゃないんだから。」「ホントに大山クンが誰かと試合をしたっていうことを誰か立証してみてくださいとしか言えない。」(「大山倍達とは何か?」紙のプロレス公式読本)という発言がクローズアップもされていた。ところが、意外にも、実際に「異種格闘技戦」を行っていたのでは、という結論が導かれて、正直なところ、驚かされる。もちろん、そのカラクリも、「正伝」では明らかにされている。
他にも、特攻隊員だったという話や、戦後初の空手選手権で優勝した話、山籠りの話、それらの逸話のすべてに考察が加えられ、明確な答えが導き出されている。

伝説に包まれた空手家・大山倍達。何が本当で何が嘘なのか、まったく見えてこなかったが、この本がひとつの定説になってゆくような気がする。

そして、人間・大山倍達、いや、崔永宣が、韓国と日本、というふたつの国の間で揺れ、その結果、多くの矛盾や謎を生んでしまったということ。そして、その矛盾が、「ゴッドハンド」大山倍達を生み出したこと。「大山倍達正伝」は、大山倍達の生家にまで足を運び、そのあたりの事情を事細かに追跡しているのである。
本当のところを知りたかった人間には、何ともありがたい本である。何しろ、大山倍達に関する限り、「本当のところ」というのは、永遠に明らかにされることはないだろうと半ばあきらめてもいたくらいなのだ。


大山倍達本人が生み出した伝説を大きく膨らませ、世間に広めてしまった張本人・梶原一騎がこの本を読んだら、何と言うだろう。
いや、おそらく、彼は、「真実」の部分には興味がなかったに違いない。あくまでも、大山倍達の伝説の部分、武勇伝にしか興味がなかったはずである。極端に言うならば、大山倍達という稀有な存在を通して、自らの世界を展開させることしか眼中になかったのかもしれない。


「大山倍達正伝」小島一志・塚本佳子著 新潮社
スポンサーサイト

Comment

魔羅一郎 says... "秋近し"
まるで大きなドングリを得たリスの様に、猫先生が、頬を膨らませて、ホクホクと『大山倍達正伝』に読み耽る様が目に浮かびます。美味しい読み物が見つかって、良かったですね。知ったところで、何の役にも立たない、どうでもいい知識と云うものは、何物にも勝る歓びをもたらしてくれるひと時の愉悦ですね。先生の格闘技嗜好、私のオカルト愛好、本当に無駄なものです。しょーもない趣味です。正に、あそびをせんとや生まれけむ・・・の心境です。これからも、教養を貶め、知性を低下させる愚書に現を抜かして行きましょう。もう食欲と読書の秋です。
2006.08.28 12:38 | URL | #- [edit]
猫目 says... "夏去りし"
魔羅殿
いよいよ読書の秋ですね。
といっても、ここのところ、ほとんど本を読んでいない私です。「正伝」が久々の読書らしい読書というのだから、情けないものです。
でも、涼しい季節には、お互い、大いに、無駄な努力を惜しまないで邁進したいものです。
2006.08.30 11:26 | URL | #- [edit]
魔羅一郎 says... "ブログ"
猫先生、こんにちは。
恥ずかしながら、私もやっとブログなんぞを始めました。

http://zoskia.blog49.fc2.com/

↑ここです。
お暇な折りにでもご笑覧頂ければ幸いです。三日坊主にならなければ良いのですが・・・。
先生のこのブログには、既に勝手にリンクさせて頂きました。
2006.08.30 13:20 | URL | #- [edit]
猫目 says... "ついに・・・"
魔羅男爵
ついにブログ開設ですね。こちらもリンクを貼らせていただきました。
楽しみにしております。
2006.08.31 07:15 | URL | #- [edit]
says... "承認待ちコメント"
このコメントは管理者の承認待ちです
2012.11.09 20:03 | | # [edit]

Post comment

管理者にだけ表示を許可する

Trackback

trackbackURL:http://libertin.blog11.fc2.com/tb.php/104-4798ae11
大山倍達正伝/塚本佳子、小島一志
今日からブログ初め。(これより前の記録は記憶により保管したものです)記念すべき第一冊にふさわしい昭和の偉人伝とも言える著。空手、極真いずれにも特に興味はないが昭和史の1面として読了。著者2人による2部校正は、時系列ではなく、各々の取材により倍達の人生を描...
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。