アングルのバイオリン

violon d'Ingres. 趣味か余技か、それとも悪ふざけか・・・ とにかくこれが私の日常。

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MJQ 秋の古典主義

秋になると、ジャズを聴きたくなる。
私は根っからのジャズ・ファンというわけではない。いわば、にわかジャズ・ファンであり、季節によってはまったく聴かなくなる、季節労働者みたいなものだ。ジャズ・ファンには、筋金入りのマニアというのが少なくないから、あまり大きな口を叩くのはやめにしている。

どういうわけか、夏にジャズを聴く気がしない。もっとも、「ゲッツ=ジルベルト」だとか、そういうものなら聴いてもいい。実際、聴いていたわけだ。

まだ日中は暑いけれど、ここ数日は、夜になるとだいぶ涼しくなって、秋らしくなってきたと感じたものだから、ついつい、ジャズのCDをかけてみた。まずは、大好きなMJQ、モダン・ジャズ・カルテットの「fontessa」が、この秋の一枚目のジャズとなった。

MJQは、よく、クラッシックの室内楽やバロック音楽に例えられるけれど、確かに、古典主義的な構成美がある。ピアノのジョン・ルイスのフランス好きは知られていて、実際のところ、フランスを題材にした曲、アルバムも多い。「Concorde」「Vendome」「Versailles」なんていう曲もあるけれど、MJQの音楽は、確かに、コンコルド広場やヴァンドーム広場などの、古典主義的な様式、そして、ヴェルサイユのような、フランス式庭園の幾何学的な構成を思い出させるのだ。

古典主義とは、17世紀、フランスで言えば、ルイ14世の時代のもので、古代ギリシャ・ローマに規範を求めた、秩序と静寂とを金科玉条とした明晰な様式。シンメトリー、つまりは、左右対称に作られた幾何学的な庭園などは、まさに、古典主義である。
ジョン・ルイスの幾何学的なジャズは、古典主義的なジャズ、と言ってもいいかもしれない。

ところが、それだけでは収まらないところが、MJQの面白さだろう。というのは、ヴィブラフォンのミルト・ジャクソンの存在があるからである。ミルト・ジャクソンのファンキーなヴィブラフォンは、ジョン・ルイスの閉じた庭園の中から、外へ飛び出そう、飛び出そう、と隙を窺っている。古典主義の庭園を脅かす、18世紀のゴシック・リバイバルのようでもである。ゴシック・リバイバルは、その後、19世紀のロマン主義へと受け継がれてゆく。
幾何学的な構成の中に閉じこめようとするジョン・ルイスと、それに逆らって、ピクチュアレスクな、荒々しい自然へと帰ろうとするミルト・ジャクソン。
そんな、ぴんと張りつめた緊張感が、MJQにはあるのだが、そのミルト・ジャクソンのファンキーさを、眩暈の寸前、ぎりぎりで抑えて、やはり、最後には、幾何学的な構成に持ってゆくあたりが憎いではないか。古典主義の勝利、なのである。

などと、まあ、暑い季節には、こんなことは考えたくもないものだ。

MJQの演奏が終わったら、次は、マイルス・デイヴィスの「round about midnight」だ。時々、ミュートの効いたトランペットで始まる、あの出だしを聴きたくなる。しかし、それも、夏には、聴く気はしない。
マイルスのトランペットも、やはり、秋なのである。
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古典主義について
古典主義古典主義(こてんしゅぎ)は、ヨーロッパでギリシャ・ローマの古典古代の時代を理想と考え、その時代の学芸・文化を模範として仰ぐ傾向のこと。均整・調和などがその理想とされる。*イタリアのルネサンスは古典古代を復興しようとする文化運動であった。これは各国
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