アングルのバイオリン

violon d'Ingres. 趣味か余技か、それとも悪ふざけか・・・ とにかくこれが私の日常。

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

パウリスカ あるいは現代の背徳

故澁澤龍彦の「マルジナリア」を読んでいて、興味を抱いたのが、レヴェローニ・サン・シールの「パウリスカ」。1797年に出版されたものの、長いこと、知られることのなかった暗黒小説だ。
澁澤は、この小説についてこう書いている。

「『パウリスカ』には、マッド・サイエンティストのような人物も出てくるし、快楽のための機械やメカニックな装置のようなものも、おびただしく出てくる。私が読んだ限りでも、なかなか奇抜で斬新な小説なのである。」(「マルジナリア」澁澤龍彦)

「パウリスカ あるいは現代の背徳」。
確かに、実に面白い小説であり、18世紀のロマン・ノワール、つまり、暗黒小説の流れの中で生まれ、さらには、19世紀のロマン主義やSFをも先取りした傑作でもある

物語は、ポーランドの亡命者、パウリスカ伯爵夫人の回想記の形をとっている。
ロシアの侵攻を受け、祖国を捨てて、9歳の息子とふたりで逃亡の身をなったパウリスカは、幾度となく窮地に立たされるが、その度に、恋人や、偶然の助けを借りて、脱出する。これは、「責め苛まれる女」という、ロマン・ノワールのパターンを踏襲しており、同時代のロマン・ノワール、サドの「ジュスティーヌ」を彷彿とさせる。しかし、この作品を独創的、あるいは興味深いものにしているのは、当時の最新科学や技術の登場のさせ方だろう。それらの技術を操るのは、やはり、ロマン・ノワールには欠かせない「悪党」たちによってなのだ。

まず、最初の悪党は、ドルニッツ男爵である。
ハンガリーでパウリスカの後見人となった男爵の正体は、唯物論的化学者であり、パウリスカを実験台にして自分の研究を反省させようとする。
「恐るべき偏執狂にして、無神論者、傑出した化学者、不幸な者を手にかける情けのない博物学者」である男爵の実験とは、愛情や欲望などといった人間の感情の、人体への接種であった。
接種は、18世紀においては大きな課題であり、ジェンナーが初めてのワクチン接種を子供に施したのが、1796年5月、その成果を発表したのが、「パウリスカ」の出版と同じ1797年であった。「パウリスカ」を校訂したベアトリス・ディディエによれば、モデルは、18世紀を代表する唯物論者ドルバック男爵である。

次に登場する悪党は、イギリス人の贋金作りタルボット。
ドナウ河畔に位置する古い修道院の地下で贋金を作り、それをヨーロッパ全土に送り込み、フランス壊滅を狙うのがこの男だ。パウリスカは、強要されて、それと知らずに印刷機を回して、その中に閉じこめられていた男を押し潰し、その体に、「死、裏切り者に劫罰を」なる烙印を印刷してしまう。18世紀に大いにもてはやされた印刷技術であったが、ここでは、デマゴギーや贋金、そして、経済恐慌や拷問のための技術と成りはててしまっている。

そして、3人目は、イタリア人サルヴィアッティである。
ヨーロッパ中に手下を持つこの悪の権化は、ガラスの回転盤の摩擦によって、女子供から静電気を抽出し、若返りの妙薬にしようというのだ。
「次に彼は、敏捷な動作で大きな盤を回転させました。ガラスの高速運動は、すぐに子供たちの脆いからだに熱を与え、火花が散りました。この子たちの動転ぶりから、強烈な摩擦がもたらした傷の具合がわかろうかというものです。
『どうだ、この火花が見えるかね!』サルヴィアッティが声を挙げました。」


18世紀は、カリオストロことジョゼッペ・バルサモや、サン・ジェルマン伯爵のような怪物を生んだ。魔術師を自称したこのふたりのペテン師は、不老不死の秘密を解明したと主張したという。サン・ジェルマンなどは、20世紀に入ってもなお目撃談が後を絶たなかったほどであるが、このサルヴィアッティも、そんな、不老不死の秘密をつかんだというのだ。
しかし、この男、同じ時代に、動物磁気実験でヨーロッパを席捲したフランツ・アントン・メスメルを思い出させる。科学者であると同時に、神秘主義者であったというべきか。厳密な科学への関心が、神秘的な科学への情熱へとすり替わることも珍しくなかったこの時代は、秘儀伝授をその主旨とする秘密結社が影響力を持った時代でもあり、フリー・メーソンのような秘密結社は、フランス革命を用意したもののひとつして扱われることもある。

前出の贋金作りの一党も、一種の秘密結社であるが、本書でもっとも興味深いのは、パウリスカの恋人エルネストの遭遇する「人間ぎらいの会」である。
フリー・メーソンより破門された女のみで構成されたこの結社は、男に対する嫌悪をその核に据え、女のみによる単性生殖を主張する。ここで、彼女たちの口から、当時における最先端の化学者である、ラザロ・スパランツァーニの名前が飛び出してくる。蛙を使った人工授精実験(1767年)で知られるスパランツァーニは、後には犬を使って同じ実験に成功している。彼女たちは、そうして、男は無益な装飾品に過ぎないことを主張しているのである。

こうして考えてみると、「パウリスカ」の中に繰り返し現れる機械や最新科学の描写、そして、マッド・サイエンティストの登場に、現在のSF小説の遠い祖先のようなものを感じないわけにはいかない。
「『パウリスカ』の驚くべき点は、豊かな才能と技術を駆使しして、レヴェローニが、ロマン・ノワールの中にひとつの変化を起こそうとしている点である。正真正銘のロマン・ノワールを、サイエンス・フィクションへと移行させているのである。」と、ディディエは述べ、10年後のゲーテの「ファウスト」、20年後のメアリー・シェリーの「フランケンシュタイン」と比較している。
「18世紀末から19世紀初頭におけるロマン主義的精神が、熱狂と不安とを持って、科学の可能性と限界について疑問を抱いたのは、単なる偶然ではない。この数年間に現れたかかる大きな形而上学的疑問の中で、マッド・サイエンティストのイメージは、彼らの意識にこびりついて離れなかったのである。」

18世紀文学の研究と発掘で知られるミッシェル・ドロンは、こう述べている。
「『パウリスカ』の驚くべき成功は、個人的幻想と時代の強迫観念との遭遇、そして、専門的技術と、病や、相次ぐ事件に心を奪われていった人間の不安との結合のうちにある。作者は、数々の機械に、自分の心の奥底に閉まった欲望と、根深い苦悩とを託したのである。」

マッド・サイエンティスト、メカニズム、経済恐慌、様々な「現代の背徳」を描いてみせるこの「パウリスカ」は、ロマン・ノワールからロマン主義への移行の中で、突然変異的に誕生した、興味深いサイエンス・フィクションなのである。


Reveroni Saint-cyr, Pauliska ou la perversite moderne, Desjonqueres 1991
スポンサーサイト

Comment

魔羅一郎 says... "澁澤の呪い"
猫導師、こんにちは。

錬金術師ファン・ヘルモントは、十七世紀に、生命を自然発生させたと言われていますが、それ以前にも、既にパラケルススが、ガラス瓶の中で人工生命ホムンクルスを造り出しています。
そうした疑似科学、オカルトを、実験によって否定したのがフランチェスコ・レディでしたが、ラザロ・スパランツァーニも、ルイ・パスツールに繋がる近代科学の草分け的な存在ですね。
「パウリスカ」、タイトルは聞き覚えがあるけど、読んだ記憶が無いです。もしかしたら、実家に戻れば、パリで買い漁った書物の中に、未読のまま紛れているかも知れないけど・・・。「パウリスカ」は白い箱入り本で、翻訳されていませんでしたっけ?私の記憶違いでしょうか?

それにしても、素敵な本を紹介して下さって、有り難う御座います。さすが、猫目先生です。今度実家に行った際にでも、探してみようと思います。見つからなかったら、買っちゃおうかなぁ・・・。猫先生のブログのせいで、なんだか無性に読みたくなってしまいました。

澁澤と云えば、確か『悪魔のいる文学史』の中で、パリの国立図書館で恐らく閲覧禁止の「地獄棚」に保存されているであろう、悪魔主義的な女流オカルティスト、マリア・ド・ナグロウスカの本を紹介していましたね。澁澤の本で、ナグロウスカの事を知って以来、私はずっと、その稀覯書を探しています。もう二十年以上・・・。
ナグロウスカの著書の一冊は、随分前に猫目先生が渡仏の折りに、買って来て頂いた覚えがあります。あの時は、本当に有り難う御座いました。先生に頼んで買って来た頂いたのは、『吊るし首の秘儀』でしたが、『悪魔のいる文学史』で紹介されていたのは、セクシャルな魔術の書『性の光』でして、これは、未だに手に入れる事が出来ません。
でも、つい先日、ベルギーの古書店にナグロウスカの『愛の魔術の秘儀』の在庫があると知り、早速注文して入手しました。
『性の光』は、いったい、いつになったら、見つかる事やら・・・。
こんな本を、いつまでも探し続けてしまうのも、矢張り青春の真っ盛りで、澁澤のエッセイを耽読したことによる、呪いのせいでしょうか。
この呪縛、まだまだ解けそうにありません。
闇に埋もれた書物を、生涯をかけて、我が手に引き寄せる。それはもう、それ自体が、一つの呪術的な行為の様な気がしています。
歯痒くも楽しい、暗黒おじさんの道楽です。
2006.09.28 12:53 | URL | #- [edit]
猫目 says... "暗黒おじさん"
魔羅元帥、おはようございます。
「パウリスカ」は、翻訳はされていないと思います。というか、この本に言及している本も、数冊しかないでしょう。
私が読んだのは、「18世紀叢書」みたいなもので、他には、マダム・ド・タンサン、クレビヨン・フィス、ヴィヴァン・ドノン、など、隠れた作家たちを集めたものでした。
 
上に出ている文章は、ですから、拙訳です。

ナグロウスカの著書・・・?
私、そんなものを買ってきましたっけ・・?記憶にありません(笑)。ちゃんと、お金はもらっていますか?

oncle noir、暗黒おじさんとして、これからも、後ろ向きの人生を送ってください。期待しています。
2006.09.29 13:51 | URL | #GaU3vP2. [edit]
idealistk says... "面白いですね"
相変わらず、コアな話題で盛り上がっていますね。これは、日本のアニメ作家たち(「スチームボーイ」の大友克洋とか)が喜びそうなストーリーでもありますね。もちろん、私も喜びます。猫目さん、翻訳してください。きっと売れますよ。文学的興味もさることながら、今の時代が求めている内容にも思えます。
2006.10.01 10:38 | URL | #- [edit]
猫目 says... "秘話"
idealistK様、こんばんは。

面白そうですか。
18世紀にしては、かなりSFですよね。

実は、この本の翻訳、途中までやったことはやったのです。で、知り合いを通じて、パリのカフェで、あの篠沢教授に見てもらったことがあります。「いいんじゃないですか・・・?」みたいなことは言われましたが、「でも、ぼくは、専門ではないので、ちょっとわからないなあ。」ということでした。
ビールをご馳走したんですけどね(笑)。
2006.10.02 18:28 | URL | #GaU3vP2. [edit]
魔羅一郎 says... "ミクロの美女"
idealistK様、今晩は。お久しぶりです。

猫先生、今晩は。毎度ぶりです。

私が、翻訳があると勘違いしたのは、どうも、P.ジューブの『パウリーナ』だった様です。歳はとりたくないものです。「パウ」で勘違いしてしまい、お恥ずかしいです。

猫目訳の『パウリスカ』、是非とも完成させて下さいよ!著作権も翻訳権も消えているから、ケチなことを言わず、ネットで公開しちゃってもいいじゃないですか。それは、一つの偉業です。

SFと云えば、最近、実家に戻ってフィッツ-ジェイムス・オブライエンの短編集を掘り出して来ました。フィッツ-ジェイムス・オブライエンは、ヴィクトリア朝のSF・怪奇作家として名高いけれど、現代ではほぼ忘れ去られた作家の一人です。怪奇ものは、いくつか翻訳もあるけれど、その代表作『ダイアモンドのレンズ』は未訳の傑作です。
顕微鏡を覗くと、ミクロの世界で美女が微笑んでいて、次第にその美女に魅せられて行く男の物語です。
猫先生が、『パウリスカ』を訳して下さるなら、私も頑張って、『ダイアモンドのレンズ』(短編だけど)の翻訳に挑戦してみたいと思います。
2006.10.03 19:04 | URL | #- [edit]
猫目 says... "レンズ超しの恋"
魔羅提督、こんばんは。

「ダイアモンドのレンズ」ですか。
顕微鏡を覗くと美女が、というのは、まるで、乱歩の「押し絵と旅する男」ですね。
もしかしたら、乱歩は読んでいたのかもしれません。
自分のことはさておき、是非、訳して読ませてください。
2006.10.05 20:17 | URL | #GaU3vP2. [edit]
idealistk says... "顕微鏡ホラー"
魔羅さま、ご無沙汰していて済みません。ブログもすごく充実してますね。絵が怖いです。

猫目様、秘話、面白いですね。篠沢教授の守備範囲を超えた作なのは好ましくもあり、頼もしくもある。

以前、火星の猿岩石が話題になりましたが、ミクロの世界では、「猿岩石現象」はそれほど珍しことではありません。
私も、仕事柄、光学顕微鏡、電子顕微鏡、原子間力顕微鏡、トンネル顕微鏡、などなど、一般人には知られていないような変な顕微鏡を覗いて生計を立てています。昼間でも、部屋を真っ暗にして覗くので、おかしな気持ちになることもあり、このミクロ・ナノの世界に「バーカ」なんていたずら書きを発見しちゃったら、ドウシヨウ、と思ったものですが、さすがに、乱歩は私の先を行っていたのですね。
2006.10.07 10:54 | URL | #- [edit]
猫目 says... "ミクロコスモス"
idealistK様
後日談として、篠沢教授は、とある本の中で、当時のことを書いています。が、私のことには触れてくれておりません。仲介をしてくれた、E氏と二人だけの話になっております。ビールをおごったのに!

顕微鏡の世界、惹かれます。
乱歩は、俗に、おどろおどろしい、とか、言われますが、実は、とてもメカニックな嗜好の持ち主ですよね。そんなところがたまりません。
2006.10.08 20:14 | URL | #GaU3vP2. [edit]

Post comment

管理者にだけ表示を許可する

Trackback

trackbackURL:http://libertin.blog11.fc2.com/tb.php/112-d7e42d2f
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。