アングルのバイオリン

violon d'Ingres. 趣味か余技か、それとも悪ふざけか・・・ とにかくこれが私の日常。

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木戸修と後楽園ホール

木戸修に似合っているのは、東京ドームや埼玉スーパーアリーナよりも、やはり後楽園ホールだろう。
木戸修には後楽園ホールがよく似合う。

何でこんなことを書くのかというと、今日、後楽園ホールにプロレスを観に行ってきたからだ。

純粋なプロレスを観るのは本当に久しぶりだ。
まして、後楽園ホールとなると、20年以上足を運んでいない。

プロレスというものは、常にリアルタイムで追っていないと、もう、何もわからなくなる。ただ、今日のプロレスは、昭和のプロレスを知っている私のような者でも楽しめる内容だった。
ドン荒川対小林邦昭。レフェリーに山本小鉄。セコンドにザ・グレート・カブキ。
そして、西村修とのタッグを組んだのが、木戸修だ。

20数年前、私は、この同じ後楽園ホールで木戸修を見た。第1次UWFの興業だった。前田日明に藤原嘉明、タイガーマスクに、高田延彦に山崎一夫、そして、もちろん、木戸修がいた。

ここ数年、プロレスというものを観ていない。
もちろん、PRIDEだとか、K1などの格闘技に目が奪われてしまっているせいもあるが、プロレスから「グレイゾーン」がなくなってしまったせいもある。1980年代くらいまで、プロレスファンは、「プロレスは本気だろう。」「いや、八百長だ。」「八百長ではなく、ストーリーだ。」とか、挙句の果てには、村松友視やロラン・バルトまで持ち出して、真剣に論じていたものだ。胡散臭さと緊張感、このふたつが、プロレスにはあった。ところが、ミスター高橋のカミングアウトなどもあって、プロレスは、やはり、一から百まで作られたもの、という認識が一般化してしまった。レスラーたちも、もう、あえて、格闘技と競い合うことはやめてしまったようにも思える。

20数年前、前田が立ち上げたUWF。プロレスからショー的要素を廃したもの、という見方をされていた。信じた私たちも馬鹿であったが、それでも、今の格闘技に勝るとも劣らない、いや、それ以上の緊迫感があったことだけは間違いない。そして、そんなプロレスを信じていたことを恥ずかしいと思う反面、誇らしく思えてしまうのも、今の若いファンにはわからないだろう。

そして、そのとき、木戸修も、UWFの一員として、この後楽園ホールのリングに立っていた。暗く、どこか、隠微な空気さえ漂う後楽園ホール。矢吹丈が力石徹と戦ったのもこの場所である。

木戸修は、今日も、このリングに立っていた。一度は引退した彼の肉体はさすがに衰えていたが、いぶし銀と呼ばれたそのスタイルと髪型に変わりはない。
もちろん、木戸修だけではない。ドン荒川も、小林邦昭も、いた。まさに、昭和のプロレスである。そんなプロレスには、やはり、後楽園ホールが似合うのだ。レスラーたちの肉体の衰えも、辛そうな息遣いも、すべて観客に届いてしまうのが後楽園ホールなのだ。ドーム級の会場では味わえない、一種の共犯関係、後ろめたさ。

この日のメインは、議員レスラー神取忍と、横峯さくらパパの「刺客」との試合だったが、そんなことはどうでもいい。この試合が、猪木対ルスカのパロディだったのかどうかもどうでもいい。ただ、神取のセコンドに、20数年前のアイドルレスラー、立野記代がいたことは感慨深かったが。

実は、それまで、ほとんど考えたことのなかった木戸修について、ちょっとだけでも思いをめぐらすことができただけで、この日のプロレス観戦は有意義であったと記しておこう。

もう一度言う。
木戸修には、後楽園ホールがよく似合う。
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