アングルのバイオリン

violon d'Ingres. 趣味か余技か、それとも悪ふざけか・・・ とにかくこれが私の日常。

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神の子と霜降り

山本KID徳郁といえば、「神の子」である。

それにしても、「神の子」とは、ずいぶんと思い切ったネーミングであるが、これが、KID本人の口から出てきたフレーズであることを考えると、彼のコピー感覚は非常に優れたものであると言うほかない。
「俺は、格闘技の神様の子供」
K1デビュー戦に際し、そう言い放った瞬間、スターとしてのKIDの地位が約束されてしまったくらい、この言葉は鮮烈だった。リアリティと、危険な魅力。そのへんのプロレスラーには太刀打ちできない言語感覚である。
どうだ、プロレスラーになってはみないか、と言ってみたい。

そのKIDが、先日、こんな発言をしていた。
「肉は、赤身がいいね。ハナマサで売っているようなやつ。」
この発言にも驚いた。何しろ、今やスーパースターのKID、松坂牛くらい毎日のように食っているのかと思いきや、ハナマサの、赤身の肉がいい、というではないか。実は、私も、ハナマサ派である。いや、ハナマサに限定する必要はまったくないのだが、あの、霜降りの牛肉、というやつが、どうも苦手なのだ。もちろん、KIDと違い、ハナマサで肉を買うしかない事情もあるわけだが、それでも、霜降りは口に合わない。

霜降りの松坂牛のステーキ。
いかにも高級そうな響きであるが、こんなもの、一口だけで十分だ。霜降り、とは、結局のところ、脂身である。それ以上食べていると、だんだんと気分が悪くなってくる。柔らかい肉が良い肉、とは、いったい、誰が決めたのだろう。

フランスでは、ステーキは日常的な食事、もっとも安上がりな食事のひとつだが、霜降り肉なんて、まず存在しない。みんな、硬い、赤身の肉の塊にかじりついている。肉の脂分は敬遠されるし、柔らかい肉の方がおいしい、という概念はないのだ。もちろん、硬いほうがいい、というわけではない。そうではなくて、肉のおいしさは、噛むことによって生まれるということ。脂肪分の多い牛よりも、筋肉質の牛の方が尊重される。健全なことだと思う。

肉を頬張りながら、安い赤ワインをがぶがぶと飲む。これである。
これこそが、狩猟民族の快楽である。噛み応えのない肉、というものは、肉の魅力の半分を失っていることになる。そう、「とろけそうな肉」の、どこが美点だというのだろう。肉は大トロではないのだ。いつの間にか、霜降りで、「柔らかさ」が、肉の価値になっていて、それを誰も疑っていない。それは、当たり前の話なのか?

そこに、「ハナマサの肉がいい」という、KIDの大胆発言である。
そんなことは、誰にでも言えるものではない。「王様は裸だ。」と言っているようなものだ。霜降り神話をあっさりと否定したのである。

KIDはよくわかっている。
やはり、霜降り肉では、闘争心が沸かないのだ。霜降り肉を食わされ続けた日には、百獣の王ライオンだって、きっと飼い猫みたいに弱ってしまうに違いない。

やはり、KIDは只者ではない。
「神の子」だ。
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