アングルのバイオリン

violon d'Ingres. 趣味か余技か、それとも悪ふざけか・・・ とにかくこれが私の日常。

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尾道のポリーニ

大林宣彦監督の映画「さびしんぼう」を観て、すぐに、ショパンの「別れの曲」の入ったレコードを買いに行った。もう20年以上も前の話。まだ学生の頃だったが、どうも、同じような道筋で、ショパンにはまり、クラシックに傾倒していった人は多いらしい。

高橋源一郎が、大林宣彦の映画は、センチメンタルで恥ずかしくなってしまうのだがそれでも見てしまう、などという発言をしていた。いわゆる「尾道三部作」をめぐるテーマは、プラトニズム、デジャヴュ、など、いろいろとあると思うが、通底音のように響いているのは、このセンチメンタリズムだ。

新宿のディスクユニオンだったと思うが、その時、私が手に入れたのは、マウリツィオ・ポリー二演奏による「練習曲集」であった。一回か二回、聴いたと思う。ところが、ポリー二の演奏は、映画で聴いたショパンとはどうも何かが違う。さらには、「さびしんぼう」のセンチメンタリズムに恥ずかしさも覚え始め、ショパンを聴くことを遠ざけるようになってしまった。
ショパン、というと、「さびしんぼう」のセンチメンタリズムがついてまわってしまうのだ。だから、私は、素直に、ショパンを聴き続けるようなことにはならなかった。

その当時、ポリーニのことは、実は、全く知らなかった。ただただ、偶然手にしたレコードがこれだったというだけの話だ。だから、ポリー二の「ショパンの練習曲集」というものが、まさに、ショパンの演奏史にコペルニクス的転回をもたらした、などということや、1960年のショパンコンクールで満場一致の優勝をさらい、その後の10年間を謎の沈黙のうちに過ごし、この作品で衝撃的な再登場を果たした、そして、その圧倒的なテクニックと知的な構成力とで、世界でトップのピアニストになった、などという知識もまるでなかった。

最近、改めて、ポリー二のこの名盤を、CDで聴いている。
そして、今更ながら驚かされた。
ここには、通俗的なショパンは存在しない。一切の感傷や個人的な思い入れ、そして曖昧性をシャットアウトし、技術的にも難解とされている「練習曲」を、明晰に弾きまくるポリーニがいる。神話や迷信の類から解放され、ダイヤモンドのように硬質に響き渡るショパンがいる。冷たく感じるかもしれないが、ポリーニによって、ショパンは、新しい聴かれ方を得ただけではなく、文学としてではなく音楽として聴かれるようになった。発表当時、吉田秀和をして、「これ以上何をお望みですか。」と言わしめたのは有名な話だ。

ポリーニ、まさに、ピアノ界のターミネーターなのだ。

「さびしんぼう」の、雨の中、夜の尾道に流れる「別れの曲」は、まさに、感傷的なショパンだ。私は、あのショパンに惹かれ、そして、すぐに敬遠してしまったわけだが、もしも、あのシーンに流れるショパンが、ポリーニのものだったらどうだろう、などと考えてみる。センチメンタルな「さびしんぼう」とは対極にあるものであるとは承知の上である。
しかし、ポリーニのショパンによって、尾道の街がまた違う風景に映ってくるだろうことは間違いない。べたべたとした感傷から解き放たれ、尾道の構造的な美しさが目に飛び込んでくるかもしれない。ただ、ポリーニのショパンは、映画の感傷的なBGMにはとどまってはいないだろう。何しろ、聴く者に緊張感を強いる演奏なのだから。

実は、ショパンの生家というところへ行ったことがある。ちょうど、「さびしんぼう」の頃だったか。大学時代の研修旅行とやらで、ワルシャワの郊外へ訪れたことがあるのだ。
その時は、恥ずかしさばかりが先にたって、ろくすっぽ、見ていない。もったいない話である。

また、パリのペール・ラシェーズ墓地にあるショパンの墓にも行ったことがある。フランスで知り合ったフィンランド人の友人がショパンの信奉者で、そのおつきあいだったのだが、この時も、ささやかな花束を手向ける彼の傍らで、ちょっとばかり斜に構えていたようにも思うのだ。

今になって、改めてショパンの家を見てみたいと思うし、ショパンの墓にも行ってみたいと素直に思う。練習曲、つまりエチュードの再発見だけだはなく、ノクターンの美しさや、ポロネーズの力強さも楽しめるようになったのは、自分にとっても驚きである。

これも、おそらくは、ポリーニのおかげ。
ポリーニは、ショパンの解毒剤であると同時に中毒を惹き起こす麻薬なのかもしれない。

尾道のポリーニ、ますます聴いてみたくなった。
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