アングルのバイオリン

violon d'Ingres. 趣味か余技か、それとも悪ふざけか・・・ とにかくこれが私の日常。

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船岡山

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四条通から、12番のバスに乗ってみた。
金閣寺・立命館大学前行きというやつで、外国人観光客も何人か乗っている。金閣寺のみっつほど手前のバス停で降りると、そこは、船岡山である。バスは、私ひとりを置いて金閣寺へ向かって走り去っていった。外国人よ、金閣寺を大いに楽しむが良い。

船岡山、といっても、標高112メートルほどだから、新宿区が誇る箱根山の44メートルは凌駕しているものの、ほんの数分もあるけば、頂上に行き着く程度の高さである。しかし、この山には魔が棲む。箱根山も、実は、新宿一の魔界であることからすれば、新宿区民としては、ふたつの山を「姉妹山」と強引に呼んでみたいが、山の格というものがもともと違う気がするのでやめておこう。

実は、この山こそ、京都発祥の地である。桓武天皇は、平安遷都の際、ここを基点として朱雀大路を作った。まさに風水で言うところの「玄武」をここに定めたのである。船岡山は、京の都を邪気から守る役割を担った。

9月の、まだ暑さの残る夕暮れ時だったが、鬱蒼と木々の生い茂る山道はひんやりとして涼しい。中腹あたりの広場で、若人たちが野球をしている。風水に守られ、ここなら、安全に白球を追えることであろう。

頂上に出ると、確かに京都の町が見下ろせる。遠く、京都駅の方まで見通せる。また、大文字山の大文字も眺められる。お盆の頃は、ここは、大文字焼きの見物スポットのひとつとなるのだろう。
さすがに、背の高いビルやマンションが建ち並んでいるから、町の構造まではよくわからないが、平安の頃には、朱雀大路がすっと伸び、見事な幾何学的構造が見渡せたに違いない。

「あれまあ、ここは眺めがよろしいわあ。」
果たして、私が再現したものが、京都弁として正しいのかどうなのか自信がないが、まあ、そんなことを話している初老の男女が数名いた。他には人影もなく、船岡山は、今、この男女と私だけである。山頂に響く京都弁を耳にしながら、四方を眺めてみる。

「枕草子」においても称えられていという船岡山であるから、きっと、清少納言もこの近辺を散策などしたのだろう。くどいようだが、新宿の箱根山には、清少納言が散策したという記録は残っていない。当たり前だ、箱根山が築かれたのは、江戸時代のことなのだから。やはり、山の格というものが違う。

しばらく頂上をぶらぶらしてから、山を下りた。バス停付近で、フランス人の夫婦が、地図をにらみながら、ああでもない、こうでもない、と議論をしていた。金閣寺にでも行くつもりだったのだろうか。このすぐ上ですよ、と、船岡山を指さしてあげればよかった、と、ちょっと後悔している。
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