アングルのバイオリン

violon d'Ingres. 趣味か余技か、それとも悪ふざけか・・・ とにかくこれが私の日常。

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初めて神田古本屋街に行った日

誰しも、乱読時代というものがあって、とにかく手当たり次第に本を読む、という時期がある。もっとも、私は昔も今も乱読時代のわけだが、これが少年時代となると、問題となるのは先立つものであろう。つまり、本代をどうやって捻出するか、ということである。
まともに新刊を買っていたのでは、すぐにお小遣いが底をつく。僅かなバイト代を足しても追いつかない。

そこで、当然、古本屋という選択肢が浮かび上がるわけだ。

私が、初めて神田の古本屋街に行ったのは、高校生の頃である。
私の隣の席には、太郎という名前の、彫りの深い顔立ちの男がいた。しまりのない阿部寛、と想像していただければ、大きな間違いはない。
「今日、帰りに神田の古本屋街に行ってみようと思っているんだけど、行ったことなくてさあ・・・。」という私に、太郎は、「ああ、神田のね。俺、知っているから、連れていってやるよ。」と言ってくれた。持つべきものは友である。太郎の鷲鼻がやけに頼もしく思えたものだ。

学校を出て私たちは電車を乗り継いだ。
太郎の先導のままに降り立ったのは、国鉄の神田駅だった。ところが、駅の周囲には、古本屋街らしきものは見当たらない。医療器具の問屋の並ぶ界隈はあったように思うが、古本屋はない。それでも、太郎は、何も語らず、自信ありげに私を引きまわす。駅からずいぶん遠いんだな、と思っていたら、太郎が、「腹が減ったから蕎麦でも食うべ。」と言い出した。
私は、実は、「いや、家でお母さんがご飯を作って待ってくれているから。」と言いたかったのだが、折角、遠いところを案内してくれている太郎の誘いを断れず、立ち食い蕎麦屋に入ったのである。

すると、太郎、蕎麦をすすりながら、蕎麦屋のおじさんに向かって信じられないことを言った。
「おじさん、神田の古本屋街って、どこ?」
私の、蕎麦をすする手が止まったことは言うまでもない。
蕎麦屋のおじさんは、「こっから歩くと、結構遠いぞ。いいかい、まず、ここを出て・・・」と説明してくれた。私は、箸を握りしめたまま、おじさんの説明を感心しながら聞く太郎を横目で見ていたものである。

神田古本屋街、とは言っても、実際には、最寄りは御茶ノ水駅あるいは水道橋駅なのである。地下鉄なら神保町だ。もちろん、誰でも知っていることであろう。だが、少なくとも、その場にいたふたり、太郎と私は知らなかったのだ。

ようやく、神田の古本屋街に到達した頃には、すっかり暗くなっていた。歩き疲れた私は、結局、一軒くらいしか本屋を見ることは出来ず、そのまま家に帰った。蕎麦を食べたのも、高校生の懐には痛く響いたのである。

それから、日曜日には、神保町へ通うようになった。とはいえ、高校生の小遣いでは、「文庫川村」で、三冊100円だかの文庫をごそっと買うくらいの贅沢が関の山だったが。
それでも、帰る頃には、両手に沢山の本を抱えることになる。このずっしりとした感覚が、何とも言えず嬉しい。この感触を一度知ってしまったらおしまいである。

あの日、太郎と立ち食い蕎麦屋に寄っていなければ、古本屋街は見つからないまま家路につき、腹ぺこで母親の手料理を味わっていたに違いない。きっと、古本屋のことなど、きれいさっぱり忘れ、その後の人生、古本屋とは無縁に生きていたことだろう。

もちろん、そんなことはない。
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