アングルのバイオリン

violon d'Ingres. 趣味か余技か、それとも悪ふざけか・・・ とにかくこれが私の日常。

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男はつらいよ

最近、BSで、「男はつらいよ」全48作を一挙放映している。
なかなかすべてを観るわけにはいかないが、それでも、ついつい、チャンネルを合わせ、大笑いしたり、しんみりしたりしている自分に気づき、驚くのである。

実は、今まで、「男はつらいよ」なんて、まともに観たことがない。小林信彦の「おかしな男 渥美清」という、渥美清について書いた本を興味深く読んだことがあるのだが、肝心の映画は一本も観ていないのだ。
高校から大学にかけては、何しろ、無理して難しそうな映画を観に行っていた私である。ゴダールだ、ワイダだ、パゾリーニだ、と、何ひとつわかりもしないくせに、わかったつもりになって、得意になっていた私である。下町・向島に住むクラスメイトが、正月に「寅さん」を観に行った、などと言おうものなら、「馬鹿か?」と蔑んでいたものだ。
それが、素直に寅さんを楽しんでいるなんて、ちょっと恥ずかしい気もするが、歳を取ったということだろうか。

寅さんシリーズが始まったのは昭和44年というから、私が小学校に上がる頃である。私の記憶に残る、もっとも古く懐かしい時代だ。家族と行った、田舎の親戚の家、コンビニも自動販売機もなく、ただただ、土の道が続いていた田舎道の風景、そんな地方の町々を、寅さんは旅している。ああ、そういえば、こんな道、あったよなあ、歩いたなあ、懐かしいなあ、などと感じるのも、映画の楽しさである。

寅さんが沼津の駅前で食べたラーメンが、一杯80円。「80円!?」と、横で映画を見ていた子供が反応する。大体、あの頃は、近頃の偉そうなラーメンなど存在しなかった。ラーメンと言えば、メンマとナルト、あとはせいぜいチャーシューが入っている程度の、醤油ラーメンを指していたのだ。どこへ行っても、同じような味だった。

「おかしな男 渥美清」によれば、「男はつらいよ」は、5~6本目あたりで、すでにマンネリという批判を受けていたらしい。しかし、それでも強引に続けることによって、逆に、マンネリズムを楽しむ映画と化したのだろう。正月とお盆に寅さんを観る、というのは、日本人の一種の儀式になった。どこを切っても同じ、の、金太郎飴。ご当地ロケで、舞台が変わるだけ。水戸黄門と同じようなものか。ハラハラドキドキはないが、いつも安心して見守ることができる。寅さんの失恋も、タコ社長やおいちゃんとの喧嘩も、すべて想定の範囲内というやつである。もちろん、映画の最後には柴又を出て、再び旅に出る、これもお決まり。

大道芸の第一人者である雪竹太郎氏が、「ぼくは、寅さんなんですよ。」と語っていたことがある。テキ屋も大道芸人も、芸を売って日銭を稼ぐ商売。寅さんのように日本全国、いや、毎年、夏の数ヶ月、アメリカやヨーロッパにまで遠征する雪竹氏が、自分と寅さんを重ね合わせることには納得できるような気もする。雪竹氏もまたフーテンなのであり、異人なのだ。マドンナはいるのか?
彼の自宅には、「男はつらいよ」のビデオが全巻揃っていて、一本くらい無理やり鑑賞させられたことがあったような気もするが、よく思い出せない。もしかしたら、その時が寅さん初体験だったのかもしれないが、何しろ、興味がなかったもので、熱く語る雪竹氏の隣で、「はあ、なるほど・・・」などと適当な相槌を打っていただけ、画面など見ていなかったことであろう。

向島の下町小僧や雪竹氏に心の中で謝りながら、寅さん、ひそかに楽しみたいと思う。
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