アングルのバイオリン

violon d'Ingres. 趣味か余技か、それとも悪ふざけか・・・ とにかくこれが私の日常。

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大道芸人・雪竹太郎氏について

雪竹太郎氏と知り合ったのは、今から15年ほど前のこと。
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私がパリにいた時分の話。
アーティストの友人W氏が、面白い人がいるから、その人の芝居を観に行こうという。何でも、ポンピドゥーセンター前広場で大道芸をしている日本人らしい。もしかしたら、と思い、私は、W氏の誘いに乗った。

日本大使館の文化施設で行なわれたその芝居というのは、日本のパントマイム集団「むごん劇かんぱにい」による、古今東西の映画のパロディ。フランスの地方で行なわれる演劇祭に出品されるという。チャップリン、キートン、黒沢からフェリーニまで、とにかく、お腹を抱えて笑ったものだが、その舞台でひときわ目立っていたのが、数日前、私が見た男だった。

180センチ近い長身と、鍛え上げられた身体、彫りの深い顔立ちにスキンヘッド。何とも異様な迫力を放つその芸人こそ、雪竹太郎氏。夏の数ヶ月間、NY、ヨーロッパ、と、大道芸の遠征をしているらしい。パントマイムを基礎に、モナリザ、ミロのビーナス、考える人、などを演じてみせる「人間美術館」が、彼の十八番だった。彼は、また、「むごん劇かんぱにい」にも参加していたのだ。

もしかしたら、と思ったのは、数日前、実は私も、ポンピドゥー広場で彼を見かけていたからだ。大きな人垣ができていて、中を覗くことができなかったが、輪の中心には、日本人らしき男が半裸に白塗りで、何かやっている。時間がなくて、そのまま通り過ぎてしまったのだけれど、果たして、それが雪竹氏であったというわけ。

その翌日、W氏宅でパーティがあり、雪竹氏も奥さんを連れてやってきた。
話が弾む中で、驚いたことには、雪竹氏は、私の弟と知り合いで、つい数ヶ月前、東京の私の実家へも遊びに行った、というのだ。
すぐに私は弟に手紙を書いた。弟はさして驚かず、「いや、絶対、そういうことになると思ったよ。」と書いてきた。どういう意味だ?

それからも、毎年夏になると、雪竹氏はパリにやってきた。その度に、私は彼の芸を見に行き、一緒に酒を飲んだ。その勢いで、彼と奥さんが短期で借りていたアパートに泊まったこともあるし、逆にふたりが私たちのアパートに泊まりに来たこともある。

バルセロナから、朝、私たちのアパートに着いた時のこと。
「ちょっと走ってきます。」と言い残して出て行ったものの、待てど暮らせど帰ってこない。お昼近くになってようやく帰ってきた雪竹氏、尋ねてみると、セーヌ河沿いを、パリの端から端まで走って戻って来たそうである。バトー・ムーシュか?スキンヘッドの異形の東洋人が、セーヌ河畔をランニング、青い目のパリジェンヌもびっくりである。
しかし、そんな毎日の鍛錬が、彼の芸を支えているのだ。ヨガもやっているそうだ。

「さあ、飲みましょうか!」
よく通る大きな声で、雪竹氏が言った。それから夜遅くまで飲み続けたことは言うまでもない。

その後、彼の芸にはますます磨きがかかり、毎年一ヶ月滞在するというアヴィニョンの演劇祭では、彼はスターとなった。何しろ、あの風貌である。目立つのである。街を歩けば、「タロー、タロー!」と、声をかけられる。スター扱いは困る、とこぼしていたけれど・・・。

数年後、私たちは日本に帰国した。
帰国して数日後のことだったろうか。朝、何気なく新聞を開いて見ると、小さな囲み記事だったが、雪竹氏の写真が出ていた。静岡で開催された「大道芸ワールドカップ」なる大会で、グランプリを受賞したのだとか。まさに、「世界一の大道芸人」である。
他人には興味のないW氏も、こればかりは、「嫉妬した。」と語っていたほど。

最近でこそ、「ストリート・パフォーマンス」だの、「ヘブン・アーティスト」だので、「ストリート・パフォーマー」花盛りだが、当時、「投げ銭」だけで生活できる大道芸人は、日本には数人しかいなかった。「津軽じょんがら」のギリヤーク尼ケ崎氏、雪竹氏、そのほかには、せいぜい、ひとりかふたりだったろう。
大道芸人に対してまだまだ規制が厳しかった時代、雪竹氏は、孤軍奮闘し、観客たちの理解を深めてきた。大道芸人としての理論武装を常に試みてきた人であった。

雪竹氏の大道芸は、「人間美術館」というテーマで、古今東西の美術品を再現しながら、観客とのコミュニケーションをはかり、いつの間にか、観客も一体となった360度の舞台を作り上げるものだ。大道芸に台本はない。ハプニングも観客の反応も取り込みながら、演じる者と観客との垣根を取り払い、大きな磁場を作り上げる。あっという間に30分が過ぎてゆく。
どんな場所でも、どんな状況でも、その磁場を作り上げるのが、大道芸人としての力量であるわけだが、一番盛り上がるのがアヴィニョンの法王庁広場なのだという。

パリのポンピドゥー・センターも、当時は、大道芸の盛んな場所であった。
雪竹氏と知り合った日、W氏は、友人の役者・N氏と、何と相撲取りの肉襦袢を着て、相撲を披露していたらしい。そう、ドリフなんかがよく着ていたアレである。すると、隣で、喝采を浴びている日本人がいる。どんなやつだ?と、話しかけたのがきっかけだという。

ポンピドゥー・センターの大道芸は、その後、衰退してゆく。
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Comment

魔羅一郎 says... "追想"
ニャンころりん殿、ご無沙汰しておりますが、お元気でしょうか。
雪竹氏と云えば、もう十年にもなるでしょうか。渋谷公演の際に、にゃんこ先生に誘って頂いて、氏のパフォーマンスに接する事が出来ました。おまけに、打ち上げ飲み会にまでお邪魔して、共に楽しくビールを飲んだいつぞやの事を懐かしく思い出します。
最近、芸術にとんと縁の無いやつがれです。この機会に、また何かあったら、お誘い願えれば幸いです。
2005.08.31 18:55 | URL | #- [edit]
猫目 says... "冥界バカンス"
魔羅りひょん、お久しぶりです。冥界へのバカンスにでも出かけていましたか?
そうでしたね。雪竹さんたちと一緒に飲みに行きましたね。山手線のホームでも飲みましたっけ?

芸術の秋です。
もっとも、私にとっては、食欲の秋ですが。また、飲みたいですね。
2005.09.01 09:04 | URL | #GaU3vP2. [edit]

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