アングルのバイオリン

violon d'Ingres. 趣味か余技か、それとも悪ふざけか・・・ とにかくこれが私の日常。

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低い視線で眺めるパリ

初めてパリに行った時、この本をバッグに忍ばせていた。
「パリ 旅の雑学ノート」玉村豊男
ガイドブックのようにも見えるが、いわゆる観光地のことなど、これっぽっちも書かれていないし、かといって、政治や文化、芸術などといった大上段に振りかぶった話題もまったく出てこない。この本に登場するのは、パリの舗道、メトロ、トイレ、カフェ、など、いわば、低い視線で眺めたパリである。

パリの構造を分析してはいるが、学者がついついやらかしてしまうような小難しい抽象的な分析ではない。バカバカしくも執拗で的確な分析によって、カフェならカフェの構造の本質を突き止めることにより、いつの間にか、私たちは、カフェの実践的な使い方までマスターすることになるのだ。
読み終わる頃、カフェは、自分ものとなっている。

例えば、カフェについて、細々した事柄をいくら説明をされても、それは、ばらばらな生半可な理解にしかならず、応用も何もあったものではない。部分をいくら重ねたところで全体にはならないのである。
ところが、この本のように、カフェという「場」の本質を明快に説明してもらうと、何も恐くなくなる。カフェとは、こういう場所であり、かくかくしかじかの機能を持った場所であるからして、このように利用すればよいのである、ということを、一刀両断のもとに教えてくれるわけだ。本質さえ理解してしまえば、あとは、自分で考えればいい。
全体を把握することによって、部分は後からついてくる。

旅行ものにせよ、食事などのマナーのハウ・ツーにせよ、多くの指南書の欠点は、枝葉末節にこだわりすぎる点にある。どうして、そのようなマナーが生まれたのか、何のためのマナーなのか、などという本質がまったく見えてこないのだ。だから、私たちは、マナーにこだわりすぎるあまり、本来の目的である、楽しむこと、を、どこかに置き去りにしてしまうことになる。マナーは絶対ではないのだ。マナーは手段でしかない。マナーが目的となってしまった人を見ていると、こちらまで肩が凝ってくることがある。一種の悲劇である。

日本人が最も苦手とするチップ問題もそうだろう。そもそも、何のためのチップなのかという本質を知らずして、チップの相場ばかりを気にすることほど滑稽なものはない。レストランに入った瞬間から、帰りしなにギャルソンに渡すチップのことで頭がいっぱいになり、せっかくのご馳走も上の空、という悲惨な例をいくつも知っている。

話はそれてしまったが、この本は、パリ観光に必要な、街角の本質を見事に分析してくれる名著といえるだろう。
カフェ、メトロ、トイレ、こういうものを理解することは、実は、パリそのものを理解することでもある。三ッ星レストランや、高級ブティックや、美術館も、確かにパリではあるが、それは、ほんの一部でしかないし、もしかしたら、どこの都市へ行っても、実はそれほどの差があるわけではないかもしれない。ところが、カフェ、メトロ、そして、トイレ、などといったものは、間違いなく、パリならではのものであり、それだけではなく、パリそのものかもしれない、とさえ断言できる。

ただ、時代は変っている。この本が書かれたのが、1982年。改訂はあったものの、さらにその後の時代の動きは早く、EUとユーロ貨幣の誕生はもちろん、物価も変れば、トイレ事情も変ってきていて、情報としては古くなってしまったものがあることは否めない。しかし、大事なのは構造の本質をつかむことだとすれば、この本の価値は、いささかも下がることはない。パリがパリであるかぎり、その実用性に揺るぎはないのである。

パリに行く時に、この本を持っていった、と書いたが、いわゆるガイドブックみたいに片手に持って、パリをうろうろするような類のものではない。パリへ向かう飛行機の中で、じっくりと味わってみるのもいい。否が応でも、パリ旅行の気分が盛り上がってくる。
あるいは、一日のパリ散策を終え、夜、ホテルの部屋で、開いてみるのもいい。沢山の疑問が氷解するに違いない。

パリの本質を理解したら、あとは、思い切って街に繰り出そう。
散歩を楽しみ、カフェを味わい、堂々とトイレを利用したいものだ。

この本を読んでからというもの、玉さんこと玉村豊男の本は、ほとんど読んでいる。巷には「グルメライター」なんていう卑しき人種が氾濫しているが、玉村豊男以上に、楽しそうに、美味しそうに、そして、ラディカルに、食を描く人はいない。

残念なことに、「パリ 旅の雑学ノート」は、絶版だそうである。
といっても、「BOOK OFF」などでよく見かけるので、心配はいらない。
せいぜい、200円か300円、古本とはいえ、買って読んでみる価値は十分にある本である。


「パリ 旅の雑学ノート」玉村豊男(新潮文庫)
「パリ 旅の雑学ノート 2冊目」玉村豊男(新潮文庫)
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Comment

かえる says... "懐かしい!"
こんにちわ。この本(両方とも)愛読書でした・・・わたしの場合、実際にパリに行くまで読んでからン十年かかっていますが(残念、笑)。ほんとにいい本ですよね。
パリのカフェで実際にアラブ式トイレ(彼の地でも絶滅寸前でしょうか)に出会ったときは感動しました。

『料理の四面体』(これも絶版か?)にもとてもお世話になりました、なんでも恐れず挑戦できるようになった。このころの玉村さんの本は「ものの本質を掴む」という面でまさしく絶品エッセイだった。
2005.09.26 08:33 | URL | #JalddpaA [edit]
猫目 says... "そうでしたか!"
そうでしたか、かえるさんにとっても愛読書でしたか。
「料理の四面体」。
フランスにいた頃、手元に置いて熟読しておりました。特に、「アルジェリア式羊シチュー」、何度作ったかわかりません。
伊丹十三の解説が、どうもうざったく思えてしまいますが・・・(笑)。ああ、わかったよ、わかったよ、と、言いたくなってしまいます。

玉村氏、最近は、確かに、商売もうまくいっているみたいで・・・。
2005.09.27 06:13 | URL | #- [edit]
ヨコタ says... "仕方"
この平たいトイレでウンチする時は、壁の向こうの穴の上に尻を向けてしないと、少し困ることがある。
平らなとこに物が納まっていると水の勢いはすごいのに、傾斜がないから、した物がなかなか流れなかったりする。結局、足のつま先で少し押して流れるのを手伝ったりする羽目になる。
水のたまった穴の上にはトイレットペーパーを二三枚重ねておかないとはねっ返りがあるから、お尻が濡れる。

この本にはそういうことが書かれているのですか。
2005.09.27 06:27 | URL | #- [edit]
ヨコタ says... ""
ごめん。書くべきじゃなかった。トイレの話しかと思っていたら、食事の話になって、前の文章消してください。
2005.09.27 06:31 | URL | #- [edit]
猫目 says... "情報求む!"
お、さすが、フランス在住四半世紀のヨコタさん、実践的なお話、どうも。

ちなみに、こんなことが書かれています。

「床に直径10センチほどの穴がひとつあいていて、そこに命中するような具合にしゃがんで行う。」
「勢いのとくにひどいのになると、ドアの近くに避難していても飛沫が襲ってくることがある。」

ヨコタさんも、ブログで、フランスのトイレット事情について報告お願いいたします。
ということで、削除はしませんので、よろしくね。
2005.09.27 10:10 | URL | #GaU3vP2. [edit]

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