アングルのバイオリン

violon d'Ingres. 趣味か余技か、それとも悪ふざけか・・・ とにかくこれが私の日常。

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テロルの街から

5年ほど前のこと。
友人のアーティスト、W氏は、N.Yに滞在していた。W氏は、もともとフランスで活動していたのだが、少し前から、シンガポールやら、アメリカやら、と、世界中に、その活動の幅を広げている頃だった。
W氏のアートというのは、一風変わっていて、当時は、大量の動物の血を凍らせた大きな立方体の中に、数千個のパチンコ球とか、様々な物体を入れて溶かす、というものをやっていた。最後まで見るには、数時間かかる、という大がかりなものだった。

N.Yのタイムズスクウェアにはライブカメラがある。
ライブカメラというのは、ご存知のように、ネットを通じて、現地の映像をリアルタイムで届けてくれるもの。例えば、有名な「世界の窓」などというサイトに行くと、世界中の「窓」へ飛ぶことができる。私は、W氏にメールで、タイムズスクウェアにライブカメラというものがあるから、カメラの前に立ってみてくださいよ、と書いた。で、それだけではなく、タイムズスクウェアのど真ん中に、ゲリラ的に作品を置いて、全世界に生中継しませんか?と。

数日後の夕方、私はパソコンの前に座り、タイムズスクウェアの様子を何気なく覗いていた。現地は早朝らしい。ほとんど人影が見えない。面白くないな、と思って、どこか別の場所に移ろうかとしたその時、カメラの前にひとりの男が現れた。遠くで、カメラの場所を確認するようにうろついている。やがて、カメラの場所を発見したのか、こちらに近づいてくる。男の顔が確認できた。
そう、何と、W氏だったのである。まったくの偶然だ。
これには、興奮した。東京にいながら、N.Yにいる友人を見ているのだ。
私は、カメラの周囲をうろうろと怪しく動き回るW氏をしっかりと観察しつつ、慌てて、共通の友人にもメールをした。

やがて、W氏は画面から消えていった。
私は、すぐにW氏にメールを出した。偶然にも私が見ていたことに驚いたようで、朝の4時ごろ、人気のない時間を見計らって、下見に行ったんだ、と書いてきた。そして、数日後、時間を決めて、カメラの前で絵を描き、それを通行人に売る、というパフォーマンスをするから、見てほしい、できれば、近くの公衆電話に電話してほしい、という。
彼は、このパフォーマンスの告知を、世界中からアクセスのある、自身のサイトに出すつもりだったらしいのだが、当時、彼のコーディネーターをしていたキュレーターのS氏からストップがかかった。
法律に触れる恐れがあるので、それはやめてほしい、電話番号を晒すのもまずい、と。
私などは無責任だから、ライブカメラを通じて、W氏が警察に連行されるなんていう様子も見たかったのだが、S氏との契約上、そうもいかないらしい。

実は、その1年ほど前、原宿の路上で同じようなことをやった。
ラフォーレの前に、ミニサイズの血の立方体を置いたのである。人が多い場所だから、自然とギャラリーも増えてしまう。当然、店側から警察に通報が入り、すぐにパトカーが飛んできた。
見るからに怖そうな警官がW氏に詰め寄る。途中から見物していたパンクのお兄ちゃんが、「警察、ひっこめ!」などとあおる。
W氏、あやうし、と踏んだ私は、そこに割って入り、警官の詰問を適当にはぐらかしながら、「今のうちに消えて。」とW氏には耳打ちした。そして、W氏は、作品を抱え、取り囲む野次馬たちの間を抜けて本当に消えてしまった。

「あれ、おい、さっきのあいつは、どこへ行ったんだ?」
「あ、どっか行っちゃいましたね。どこへ行ったんだろう。」
「あんた、どういうつもりなんだ?で、あの男は誰なんだ?」」
「知りませんよ、ぼくは。たまたま通りかかって、面白そうだから観ていただけですから。」
そして、私もその場を去った。
ラフォーレの前には、不可解な表情をして、無線連絡をしている警官だけが残った。

その頃、W氏たちは、野次馬を引き連れて、表参道の中腹で作品鑑賞を続けていた。
その場所では、何故か、警察もうるさいことを言わず、血の立方体は最後まで溶けきったのである。

そんな経緯があったから、血の立方体なんていうのをタイムズスクウェアのど真ん中でやったら、やっぱり、警察が介入してくるに違いない。いくら原宿の警官が怖かった、といって、N.Yの警官の怖さに比べば可愛いものだろう。下手をすれば、W氏が半殺しにされる様子が全世界に生中継されるなんていう可能性もあるわけだ。
相手がN.Yでは、飛んでいって助けるわけにもいかないし、野次馬を決め込むしかない。それは、それで、楽しそうではある。

数日後、世界中の親しい友人だけに告知を行ったW氏は、日本時間の深夜、タイムズスクウェアに現れた。両手にいろいろとお絵描き道具を抱えている。
そして、電話ボックスの付近で絵を描き始めた。通行人が覗きこんだり、話をしたり、という様子がはっきりと見て取れる。そして、時々、通行人に、カメラの方向を指差し、一緒に手を振ったりしている。
私は、指定された番号に電話をしてみた。
それは、すぐ横の電話ボックスの番号。W氏が電話ボックスに入る。

「もしもし。」
「あ、Wさん?」
「おお、猫目さん!見てる?」
「見てる、見てる。」
「これから、描いた絵を売るから、見ていてね!」

W氏は、絵を描きながらも、忙しく動き回る。
というのも、ライブカメラは、一定の時間ごとに、アングルが入れ替わるからだ。その度に、移動して、カメラの前へ。こういう時のW氏は実に楽しそうだ。
「100ドル」と描いた大きな紙を頭上に挙げている。描いている絵を100ドルで売ろうという魂胆らしい。
ひとりのご婦人が近づいて何か話している。どうやら、交渉しているようだ。
手を休めることなく、W氏も話をしている。
数分後、「20ドル」と描いた紙が頭上に掲げられた。100ドルの言い値が、20ドルにまで値切られた瞬間である。
W氏からのメールによれば、このご婦人、「ずうっと待っているんだから、20ドルにまけなさい!」と言ってきたらしい。仕方なく、20ドルで手を打ったという。このへんが弱気なのである。

1ヶ月後、W氏はN.Yを離れた。
3ヶ月後、N.Yで同時多発テロが発生する。
あの、ツインタワーの映像を見て、私は、巨大な血の立方体が溶け、中からパチンコ玉などが音を立てて崩れ落ちてくる、W氏の作品を思い出した。
こういうアナロジーは安易だし、普段はあまり考えることもないのだが、何しろ、同じN.Yである。立方体が崩れ落ち、流れるのは赤い血。
もし、テロの3ヶ月前のタイムズスクウェアで、W氏があの作品をゲリラ公開していたら、と考えることがある。後になって、あいつはテロリストの一味だったのか、テロの予告だったのか、などと言われたりするのだろうか。
もちろん、テロの後に公開したのでは、あまりに危険だろう。しゃれにならない。おそらく大多数の人が、あのテロを連想するのは間違いないからだ。

同時多発テロの3ヶ月前。
タイムズスクウェアは、まだまだ平和だった。3ヶ月後の惨劇など、誰も想像していなかった。怪しい日本人アーティストと一緒に、沢山の人が、ライブカメラの前ではしゃいでいたのである。
times2.jpg

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