アングルのバイオリン

violon d'Ingres. 趣味か余技か、それとも悪ふざけか・・・ とにかくこれが私の日常。

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ミルクはプロヴァンスの白ワイン

初めてのフランス料理は、ミルクの味がする。

留学のためフランスに渡って、初めてレストランでランチを食べた時のこと。南仏プロヴァンスの古都アヴィニョン、かの有名な法王庁広場のテラス、という、絵に描いたような状況だったのだが、何しろ、生まれて初めて、ひとりでフランス料理なんぞを注文するということで、散々、店の前をうろうろした挙句、私は、半ばあきらめの境地で飛びこんだ。
24歳の夏である。

いや、大したレストランではない。所詮、観光客向けの安い店である。ランチといっても、いわゆるワンプレート・ランチ。一皿に、肉も野菜も全部盛られている、丼ものである。前菜にこれ、メインにそれ、デセールはあれ、っていう、フランス料理入門者が怯えるような、メニュー構成をしなくてよいという絶対的なメリットがある。

「何か飲みますか?」
注文の最後に、若いウェイトレスが尋ねてきたので、おどおどしつつも、「あ、あの、白ワインを・・」と答えていた。何故、白だったのかは覚えていない。暑い日だったからかもしれないが、とにかく、銘柄も何もわからない私が、注文したのが、「白ワイン」だったのだ。白でも赤でもいいのだが、そう言えば、普通は、一番安いハウスワインのようなものを出してくれる、ということは、玉村豊男あたりの本で知っていたのだろう。とにかく、緊張でカラカラに乾いた喉を、冷えた白ワインで潤す、これは大事なことである。私は、定まらない視線で広場を見渡しながら、白ワインを待った。とにかく、まずは酒だ、酒だ、酒を持ってこい!っていうところか。

しばらくして、ウェイトレスがやってきて、コトリ、と、テーブルの上にコップを置いた。おお、来た、来た・・・。ん?コップ?中には、白い液体。私は、しばし、コップを凝視した。さすがに、本場の白ワイン、濃厚極まりないという意味か?いや、それにしても濃すぎる。大体、白ワインというのは、白いのか?いや、この液体、私の良く知っている何かに似ている。あ、ミルクではないか。私は、おそるおそる鼻を近づけ、匂いを嗅いでみた。間違いない、ミルクである。

24歳といっても、フランス人から見れば、高校生が関の山だ。子供に思われてしまったのだろうか。馬鹿にされているのだろうか。こんな私でも、酒を飲み始めて6年ほどになるんだぞ。せっかく、勇気を振り絞って入ったというのに、これか。悲しい気分になった。しばし考えた後、仕方がない、ミルク、飲ませていただきます、とあきらめたその時、ウェイトレスがやってきた。笑っている。

「ごめんなさい!間違えちゃったわ。」
「あの、これ、白ワインじゃ・・・。」
「はははは。ミルク、ミルク。ワイン、すぐ持ってきますね。」

はははは。ではない。もう少しで、ミルク・ランチを始めるところだったんだぞ。ランチに、ミルクを飲むやつがいるのか?私は複雑な気持ちで、ミルキーな白いTシャツの、ウェイトレスの背中を見送った。

彼女は、すぐに白ワインを持ってきてくれた。
最初の一杯は、一気に飲み干した。心地よさが全身に回り、緊張がほぐれていくのがわかった。ウェイトレスを許してやろうという、大きな慈悲の心が芽生えた。よく冷えた白ワインはきっと地元のものだろう。
広場ではストリート・ミュージシャンが演奏を始めている。
実は、この時、何を食べたのか、覚えていない。鶏肉のローストとか、ステーキとか、そのあたりのものだとは思う。この手のワンプレートランチの定番である。白ワインだからといって、魚を頼んだのかというと、私の嗜好からいってそれはありえない。

白ワインのおかげで、上機嫌になったことは間違いない。
ひとりでフランス料理を注文できた達成感と、南仏の陽光の下、賑わう広場を見ながらの食事の気分の良さ。それで、すっかり有頂天になっていたようだ。大人の気分である。帽子を持って投げ銭を集めに来たミュージシャンにも、「C'est super!」とか何とか言いながら、気前よく金を渡したような記憶がある。まったく、いい気なものだ。顔をほんのり赤くした日本人の子供が、ニコニコしながら、ミュージシャンに拍手をしているのである。さっきまで、うつむいたまま、ミルクを飲もうとしていたくせに。

最初の関所を越えれば、もう大丈夫。イニシエーションは無事に終わった。
もう、レストランなんて怖くない、と、肩で風を切って歩くようになった。世界中のレストランが自分の物になったような心持ちである。
ところが、私の行くレストランなんて、実は、街の定食屋に過ぎないことに気づくまでに、それほどの時間はかからなかった。

人の生涯は、初恋の人で決まる。
私のレストラン人生、結局、このあたりから脱け出していない。
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Comment

魔羅一郎 says... "トラウマ"
酔いどれニャンコ先生、こんにちは。
渡仏直後のレストラン初体験の思い出、楽しく拝見させて頂きました。
それにしても、パリと云えば思い出すのは、クスクスです。
上京した田舎者の心細さに震えながら、恐る恐る歩んだ石畳の街並。いえ、犬の糞の街。留学ヴィザでパリに到着したものの、右も左も分からず、オロオロするばかりの私の目に、貴殿は勝手知ったるパリジャンよろしく、花の都を闊歩なさっておりました。あの時ほど、貴殿を尊敬し、眩しく見上げた事はありません。「おお、凄い!これがパリの街を知り尽くした男の姿なのか!?」と。
貴殿の影を踏まぬ様、三歩下がって、ちょこちょこと後を追って案内して頂いた思い出が蘇ります。
そんな、あどけない童貞少年の様に、何も知らなかった私を、貴殿は「クスクス料理」の店に連れて行ってくれましたね。フランス料理では無く、何と云いましょうか、知らぬ者が口にしたら、かなりデンジャラスな、ク・ス・ク・ス。
初めて目にする、未知の料理でした。貴殿は、パリジャンは学生から社会人まで、みんなクスクスが大好きで、日本では昼にラーメンや牛丼を食べるみたいに、此処ではクスクス食べるだんだと、教えてくれました。
癖の強いクスクスは、素直に美味しいと思えるものではありませんでした。でも、お腹いっぱい食べて・・・その夜、私は悶絶しました。食後暫しの後、お腹の中で膨張するクスクス。何とも危険な、満腹感を超えた膨脹感。胃袋が裂けそうな苦しみの中、悶々と夜明けまで貴殿を恨み続けました。
あの強烈なクスクス体験を、忘れる事が出来ません。
だから私は、今もこうして、クスクス恋しいと、あの剣呑な味を求めて彷徨っています。
貴殿に施されたクスクス洗礼が、トラウマになってしまったのです。
もし、貴殿に、私に詫びる気持ちがあるのでしたら、どうか謝罪の代わりに、今一度、今度は瑞穂の国で、クスクスの旨い店でご馳走して下さい。それが貴殿の果たすべき贖罪です。
期待しています。
2005.10.04 17:52 | URL | #- [edit]
猫目 says... "くすくす。"
魔羅の介様、こんばんは。

クスクスに秘められたふたりの想い出、懐かしく思い返しました。クスクスを笑う者はクスクスに泣く。そうやって、眠れぬ夜を過ごした者は、多いと思います。

実は、日本の店でクスクスを食べたことがありません。あれは、我が家の家庭の味です。ですから、貴兄にはご馳走できません。悪しからず。
2005.10.04 19:28 | URL | #GaU3vP2. [edit]
京女 says... "くすくすくす・・"
猫たん、こんにちは。
夏の滞在からもうすぐ2ヶ月が経とうとしておりますがお元気でらっしゃいますか?
猫目一家が恋しい日々を過ごしております。

魔羅っぺさんのお話で思い出したのですが
クスクスといえば
猫目奥様に作って頂いたあの味がわすれられません。
夜の7時から食べだして、夜中の0時すぎまで食べ続け
「いつまで食ってんだこのやろう!」と猫目奥様に叱られました。
おいしいクスクスの横に赤いワインがあると、食べる事を止められないのです。

なので、今度クスクスを作って頂けるのであれば
白いミルクをそっとアタシに出してください。
そうすれば、夜中まで食べ続ける事はないとお約束いたします。
2005.10.07 15:49 | URL | #- [edit]
猫目 says... "くすくすくすくす。"
京女様、お久しゅう。

クスクスは、ママの味。
京女さんの食べているクスクス、いつの間にか、鳥のえさのような状態になっていました。食べごろってものがあるんどすえ。

白いミルク。赤いミルクもおまっせ。
2005.10.08 18:51 | URL | #GaU3vP2. [edit]

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