アングルのバイオリン

violon d'Ingres. 趣味か余技か、それとも悪ふざけか・・・ とにかくこれが私の日常。

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アテネ・フランセの日々

御茶ノ水にアテネ・フランセという語学学校がある。
アテネ・フランセというくらいだから、フランス語の学校であるが、他にも、英語、ラテン語、ギリシャ語などの講座もあって、1913年創立、坂口安吾や石川淳なども通っていたという、由緒正しい老舗。最上階では、マニアックな映画の上映や、講義が行われ、東大元学長・蓮實重彦やら、故淀川長治やら、最近では、菊地成孔も講師として招かれているらしい。

そんなアテネ・フランセに、一年半ほど通っていた。フランス留学前のことである。私の受けていた会話の授業は昼過ぎから。それに加え、夜の仏文講読のようなクラスにも出ていたから、午後はずうっと学校で過ごすのである。呑気なものだ。
夜の授業は、仕事を終えた社会人や、まともな学生たちが集まるのであるが、こんな真っ昼間の授業に出てくるのは、ろくでもない連中ばかりである。何をするでもない。授業を終えると、地下のカフェテリアにたむろする。私たちにとって、あのカフェテリアは、サン・ジェルマン・デ・プレの「ドゥー・マゴ」であった。もちろん、大げさである。

アテネ・フランセには、英語のコースもある、と書いたが、地下のカフェテリアに集う学生たち、これが、英語の学生とフランス語の学生とでは、その存在意義に、天と地ほどの開きがある。キャーキャーと黄色い声が飛び交う、見た目も華やかなイングリッシュ・チーム。それに対し、よどんだブラック&グレイな空気をかもし出し、ひっそりとコーヒーを飲んでいるのが、我が仏蘭西語軍団。イングリッシュ・チームは、きっと、ファッションの話とか、「ベストヒットUSA」の話やハリウッド映画の話なんかを楽しげにしているに違いない。
私たちはといえば、オカルトの話、文学の話、そして、あまりおおっぴらには言えない話、まあ、地下室にお似合いの話題ばかりであった。
踊りまくるチアガール部を横目で睨みながら、黙々と趣味に徹する将棋部とか鉄道研究会とか、そんな構図であろう。ただ、安吾も石川淳も、どちらかというと私たちの仲間であると信じたい。

オカルトをアテネに持ち込んだのは、「オカルト界のイチロー」こと魔羅一郎で、彼と私は、クラスメイトだったのだ。彼は、その後、留学をした私の後を追うように、フランスにやってくる。恋の逃避行である。
そして、東大を中退した後、アテネに通うために近くのアパートに住み、週末になると、神田で買い求めた本と洗濯物を持って栃木の実家へ戻るK氏。彼は俳人であった。廃人ではない。同じようなものかもしれないが、あくまで、俳句をひねる人、である。

「・・・澁澤なんて、読みますか~?」
K氏がぼそっと、遠く暗い目をして言う。その声は、何故かファルセットである。視点は定まっていない。魔羅氏や私が、それに対して、まじめに答えようとしているのに、K氏はいつのまにか、そっぽを向き、話題から完全にドロップアウトしている。しらけた私たちは、顔を見合わせ、仕方ないので話題を変える。
「・・・蓮實重彦の文章、どう思いますか~?いーひっひっひ・・・。」
突然、墓から蘇生し、新たなお題をふっかけ、何故か気味悪く笑うK氏。まるでゾンビであるが、これもまた私たちが答えていると、いつのまにか、再び墓へ戻ってしまう。朝が来たのか。
とにかく困った人であった。もっとも、魔羅氏も、私も、困った人には変わりはないのだが。まあ、それが、仏蘭西語軍団のチームカラーでもあったのだ。

そんな、しみったれた学園生活であったが、留学の際には、担任のニュリ先生には非常にお世話になったことを記しておかなければならない。ある事情で、学生ヴィザの発行が難航していると知ると、フランス大使館まで行ってかけあってくれて、見事、私は、学生ヴィザを手にしたのであった。
ニュリ先生、今ごろ、どこにおられるのだろう。
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Comment

魔羅一郎 says... "めるし~・ら・う゛ぃ!"
アテネフランセ。何もかもが懐かしいです。
少人数のクラスで、男は仏人教師と私だけと云うハーレム状態の中、女の子に囲まれて、優雅なフランス語学習を楽しんでおりました。不幸な事に、私の居たクラスは生徒数が少なすぎて廃止されてしまい、やむなく他のコースに進んだら・・・。
そこに、居たのです。
男だか女だか判然としない、いえ、人間かどうか疑念を抱いてしまう様な、気味の悪い甲高い声で話す不吉なK氏。そのK氏を懐深く受け入れて、談笑する豪快な男の姿・・・。それが、猫目先生でしたね。
フランス語学校と云う華やいだ雰囲気の中、場違いに胡散臭い妖気を放つ二人の男、私は新しいクラスメートとなった、異様な二人の姿に唖然としました。
出来れば、係わりたくないと願っていました。
でも、のけ者状態も寂しいので、授業の後、渋々地下のカフェで話しかけると・・・いきなり、ディープな話題で盛り上がりましたね。
私は、心の底で、自分は随分と道楽者の人間のクズだと、密かに自己卑下していました。けれど、K氏や猫先生と出会い、人間、下には下が居るものだと、妙な安堵感を覚えたものでした。
その時、私は自覚しました。
私は、可愛い女の子に囲まれて、フランス語を習うお洒落な学生なんぞでは無く、魔界で蠢くK氏や猫先生の同類なのだと。
ユダヤの黄色い星・・・。
人間を失格した瞬間でした。
以来、私は今日もまた、猫先生やK氏との出会いによって開かれた、冥府魔道を歩み続けております。
あの時、あの場所で、もし猫先生に出会ってなかったら、今頃私は、ただのダメ人間だったと思います。猫先生に出会い、世の中の役に立たない事、無意味な事、地下世界の嘘くさい秘話・・・に興じて、そのお陰で、ダメはダメでも、そんな事は気にしない、完成されたダメ人間へと逞しく成長出来ました。
ありがとう、猫先生。
2005.10.11 18:37 | URL | #- [edit]
猫目 says... "ぼん・こしゅま~!"
魔羅スキー様、こんにちは。

懐かしいですね、アテネ。
って、別に、オリンピックのことじゃないですけど。
下には下がいる・・・。私も、貴兄を見て、まったく同じことを実感しました。夕日のまぶしい午後でしたね。

また、カフェテリアで、集まりたいものです。
2005.10.13 13:38 | URL | #GaU3vP2. [edit]
idealistk says... "なるふぉど"
そうでしたか。
文化学院の先は、何だか魔臭が漂っているように感じて一歩も足が前に進みませんでしたが、ようやくその理由がわかったような <.*_*.>
2005.12.04 20:26 | URL | #- [edit]
猫目 says... "文化学院のそのまた奥に"
idealistkさんは、アテネに足を踏み入れたことがありませんか?
正解かもしれません。
当時の魔羅氏は、今よりも、さらにシャープでダークでデンジャラスなオーラを発しており、近づき難い人物でした。
その魔臭は、マロニエの並木を枯れさせた、とも言われております。
2005.12.06 08:10 | URL | #GaU3vP2. [edit]
idealistk says... "アテネフランセ未だ踏み入れず"
猫目様 こんばんは
私の仏文に行っていたご学友は、アテネフランセに通っていましたが、残念ながら、小生は、未踏です。
蓮実教授の映画ゼミも、出ていれば良かったと悔やまれますが、「週に7本(?)の映画を観ること」がノルマだったようで、中途半端に体育会学生だった小生は、そのひまが無く、断念しました。良く「ピンク映画」に分類されるものを推奨されていたようですね。
2005.12.07 00:13 | URL | #- [edit]
猫目 says... "アテネフランセ、今からでも。"
idealistk様
フランスで知り合った、映画を勉強している人が、アテネで、淀川さんの講義を受けたそうですが、フェリーニだったか、ヴィスコンティだったか、「10回は観なさい」などと言われ、圧倒されたそうです。

今からでも遅くはない。アテネのカフェテリアにデビューしてみてはいかがでしょう?
2005.12.08 08:48 | URL | #GaU3vP2. [edit]

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