アングルのバイオリン

violon d'Ingres. 趣味か余技か、それとも悪ふざけか・・・ とにかくこれが私の日常。

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

白隠禅師の子孫

信仰心など、これっぽっちも持ち合わせていない私であるが、般若心経を途中まで唱えることができる。
実は、ほんのちょっと、出家しようかと思ったことがある。もちろん、オウムではない。禅宗の臨済宗である。

学生の頃、宗教学のレポート作成のため、先生に紹介された山寺で修行をした。山梨は塩山、臨済宗のお寺。もっとも修行といっても、わずか1週間。それでも、影響されやすい私は、すっかり、雲水気分になってしまった。
言っておくが、修行は決して楽しいものではなかった。
「精進料理に舌鼓を打ちながら座禅に親しもう!」なんてツアーがあるかどうか知らないが、そんな物見遊山で来られても困るのである。って、私はどの立場にいるんだ?

起床は4時。
幸いにして夏休みのことだから、寒いということはなく、ひんやりとした山の空気がむしろ心地良いくらいだ。まずは本堂に出向いて一時間半の勤行。座禅をして、お経を読む。
その後、食事、休憩、作務、食事、休憩、座禅、作務、風呂、食事、夜の勤行、そして、9時に就寝、の繰り返し。作務というのは、労働のことだが、私が主に担当したのは草むしり。何時間も何時間も、ずうっとうつむいて草をむしる。

4日目くらいの夜。布団に入って天井を見上げたら、天井一面に草が生えていて仰天した。もちろん、作務の幻影を見たのである。慌てて目を閉じ、改めて開いてみた。やはり、天井に草が生えている。この幻影は、しばらく続いた。

雲水、つまり修行僧には、もともとジャズ・ミュージシャンをしていたおじさん、大投手江夏豊そっくりのコワモテの男、どこかのお寺の息子で、この寺に預けられているらしいお坊ちゃん。座禅中もニヤニヤしては、先輩に怒鳴られていた。

さて、1週間の禅僧生活で、私は悟ったのか?いや、何も悟らない。当たり前である。その程度で悟ったら、誰も長いこと修行なんぞしない。座禅の最中、無の境地に達したのか?達するわけがない。時間の進み方が遅くて、まだか、まだか、と、座禅が終わる時間ばっかりを考えていた。

長い1週間だった。

家に戻った時は、正直なところ、ほっとしたものだが、それから、禅に関する本を読み漁った。鈴木大拙はもちろんのこと、般若心経の解説本を開いては、般若心経を覚えた。般若心経を唱えることができるのは、そのせいである。20年たった今でも忘れていないのは、さすがだ。私が?いや、般若心経が。

その頃、私の父方の実家の祖先に、白隠がいるという噂を耳にした。白隠。臨済宗中興の祖であり、白隠の「座禅和讃」は、塩山での勤行でも毎朝唱えていたものである。そうか、私は、白隠の子孫だったのか。本当かどうかは知らない。単純な私は、これも何かの縁だと勝手に決めつけ、これを機に出家でもするか、精神世界に生きるか、などと考えて心が揺れた。
もちろん、出家はしなかった。飽きっぽい私は、すぐに精神世界のことを忘れ、目の前の酒や食べ物に振りまわされる、いつもの日常に戻ってしまったのだ。

白隠も、馬鹿な子孫を持ったものである。
それでも、白隠禅師には、般若心経を途中まで唱えることができる、ということだけをもって、何とか許してもらいたいと思っている。
などと考えながらも、ことあるごとに、「いいか、よく聞け。僕は、白隠の子孫なんだぞ。」と、自慢気に吹聴している。ただ、この噂、田舎に良くある、根拠のない家系自慢の類かもしれないので、これ以上の調査はしない方が賢明かもしれない。
スポンサーサイト

Post comment

管理者にだけ表示を許可する

Trackback

trackbackURL:http://libertin.blog11.fc2.com/tb.php/61-36db7cdf
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。