アングルのバイオリン

violon d'Ingres. 趣味か余技か、それとも悪ふざけか・・・ とにかくこれが私の日常。

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1961年6月25日、日曜日。

1961年6月25日、日曜日。
この日、ヴィレッジ・ヴァンガードにいた人たちは、今も生きているのだろうか。

ビル・エヴァンスは、この日、スコット・ラファロ、ポール・モチアンとの、最強のトリオで、伝説のステージに立った。10日後、ラファロは交通事故で帰らぬ人となり、この日のライブは、「ワルツ・フォー・デビィ」「サンデイ・アット・ザ・ヴィレッジ・ヴァンガード」という2枚の歴史的名盤として発売されることになる。

この日のライブは盛りあがっていたのか?否である。
当時、ビル・エヴァンスはまだ一般的な知名度が低く、おそらく、ヴィレッジ・ヴァンガードに来ていた客たちも、エヴァンスにそれほどの関心があったとは思えない。実際、せっかくの名演を、誰も聴いていないのである。演奏を無視するような話し声、笑い声、ビールの栓だか、コインだかがテーブルに転がる音、騒々しいことこの上ない。エヴァンスの演奏を聴きに来たというよりも、日曜日だからヴィレッジ・ヴァンガードにやってきた、それだけなのだろう。

エヴァンスたちも、自分たちの演奏に耳を傾けようとしない客席のことはわかっていたはずだ。それだからこそ、客を気にせずに演奏に没頭でき、世紀の名演が誕生した、という逆説的なことを、寺島靖国氏が書いていたような気がする。つまり、客のためではなく、自分たちのために、そして、録音のために、演奏していた、というわけだ。

客たちには、もちろん、自分たちが、ジャズ史上に残る名演奏に立ち会っているなどという意識はない。カットされてもおかしくないこれらの騒音は、そのまま生々しく残された。この騒音をなくしたら、「ワルツ・フォー・デビィ」も「サンデイ・アット・ザ・ヴィレッジ・ヴァンガード」も、今では、むしろ、聴いた気がしないと思う。しーんとなった客席よりも、ざわついた客席の方が好ましい。ここでは、客席の騒々しさが、音楽の一部となって心地良く響いている。


その日、客席では、ほとんど演奏を聴いている客がいなかった。音楽はただのBGMで、そんなことよりもお喋りに夢中になっている客の方が多かった。「サンデイ」に収録された「アリス・イン・ワンダーランド」、エヴァンスのピアノで静かに始まるが、その音量と同じくらいに、客席のざわめき、物音が耳に入る。店員にドリンクを注文し、コインを投げる。コインが音を立ててテーブルの上を転がる。その音の入り方の絶妙さ。
ラファロのベースと、モチアンのドラムが重なっても、客席のざわめきは静まらない。何一つ聴いていないのである。まるで、ビアガーデンのハワイアン演奏だ。拍手も何となくいい加減で、まとまりがない。カラオケで素人が歌っても、もう少し熱烈な反応が返ってくるだろうに。

当時の客、例えば、30歳くらいとすれば、今では、もう75歳。自分たちがその日、ヴィレッジ・ヴァンガードで過ごした時間、たてた物音、それが、ビル・エヴァンス・トリオという、史上最強のピアノトリオと共に記録されている。
時々、レコードだか、CDだかを引っ張り出して、四十数年前の日曜日のあの時間を思い出したりするのだろうか。

「いいか、ここだ、ここで、ワシは、ばあさんと言い争いになって、頭に来たもんだから、ポケットのコインをテーブルの上に投げたんじゃ。席を立とうと思ってな。ほら、椅子を引く音がするじゃろ。でも、すぐに仲直りをしたぞ。ほれ、曲が終わって、一番先に拍手をしているのが、ワシじゃ。ばあさんも、すぐに拍手をしたな。そうか、この時の曲、『アリス・イン・ワンダーランド』というのか、知らなんだな。」

そんなことを孫に語っていたりはしないだろうか。
もっとも、その日、ヴィレッジ・ヴァンガードにいたことさえ忘れている人がほとんどかもしれない。

この日、エヴァンスのトリオは、マチネも含め、合計5回のライブを行なった。最後の演奏は深夜に及んだが、この時、客席には10人ほどの客しか残っていなかったのではないか、と、中山康樹氏は推測している。翌日は月曜日。仕事のことを考えれば、早々に引き上げるのが真っ当な人間のすることである。
最後の演奏は、「コンプリート・ライヴ・アット・ザ・ヴィレッジ・ヴァンガード1961」というアルバムに収録されている。これは、この日の演奏すべてを演奏順に収録したもので、まさに、伝説の一日の完全盤である。


「ビル・エヴァンスについてのいくつかの事柄」中山康樹(河出書房新社)
「ビル・エヴァンス名盤物語」中山康樹(音楽出版社)
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Comment

idealistk says... "イリ・ビターリ"
猫目さんとは怖いくらいに、好みが重なりますね。
新ミミ袋に入れてもらいたいですね。

ビルエヴァンスでは、「アンダーカレント」のマイ・ファニー・バレンタインがもっとも繰り返し聴いた曲です。
2005.12.01 23:37 | URL | #- [edit]
yamasan says... "ビル・エヴァンス"
TBありがとうございます。

ビル・エヴァンス、代表的なアルバムは聞いていますが、「大停電の夜に」で、「Waltz for Debby」が使われるとは。
何年経っても色あせないJAZZの奥深さに改めて感動です。
2005.12.02 01:59 | URL | #- [edit]
koyashiki says... "猫目様"
初めまして。小屋敷と申します。
TB有り難う御座いました。

ブログがとても面白くて、色々と記事を読ませていただきました。知的でユーモアもあり、とても気に入ってしまいました。

猫目さん同様、エヴァンスは僕も好きであります。このアルバムには猫目さんの仰る通り、食事の音やグラスの交わる音、笑い声などがとても生々しく演奏と同等に収められていて、そんな中であのような素晴らしい演奏をするビル・エヴァンス・トリオの集中力は驚きに値しますよね。そしてあの一発で誰をも魅了してしまうような音楽を目の前にして、それをBGMにしてしまえる当時の大人というものの在り方も、とてもエレガントだったんだろうなあ、と感じてしまいます。元々ジャズがダンスのためであったり、大人の為の、夜の音楽であったころのクール(故にホット)な感じがビリビリ伝わってきて、聞いていてとても心地のよい音楽ですよね♪

改めまして猫目さま、TB有り難う御座いました。
ぜひまた遊びに来させていただきます!
フランス語が堪能とお見受けしましたが、ぜひ僕に教えていただきたいものです(笑)。
失礼しましたー
2005.12.02 05:45 | URL | #- [edit]
猫目 says... "ビル・エヴァンスと夜と音楽と"
idealistK様
何かと話題が重なりますね。シンクロしています。「undercurrent」、ジャケットもいいですよね。

yamasan様
「大停電の夜に」で、エヴァンスが使われているのですね。興味がわいてきました。

小屋敷様
ブログ、読んでいただけて嬉しいです。
そう、あの演奏をBGMに、酒を飲んだり、雑談したり、って、最高の贅沢ですよね。ありがたがって拝聴するより、粋です。
今後ともよろしくお願いいたします。
2005.12.02 16:43 | URL | #GaU3vP2. [edit]
隊長 says... ""
申し遅れましたが、コメント&TBありがとうございます。

サンデイ・アット・ザ・ヴィレッジ・ヴァンガードはあのざわめきが本当にいいスパイスになってますよね。何度聞いても素晴らしい1枚だと思います。
2005.12.24 01:25 | URL | #- [edit]
猫目 says... ""
隊長様。
あのざわめきがなかったら、アルバムは、また違ったものになっていたでしょうね。
ビル・エヴァンスの音楽と、見事に同化しています。

それでは、よいお年を!
2005.12.30 09:01 | URL | #- [edit]

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