アングルのバイオリン

violon d'Ingres. 趣味か余技か、それとも悪ふざけか・・・ とにかくこれが私の日常。

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細野晴臣のライブへ行く

九段会館へ、細野晴臣のライブを見に行った。

1、2ヶ月前、ふと懐かしくなって、細野晴臣のYMO以前のソロアルバムを、TSUTAYAでレンタルしてきたばかりである。「HOSONO HOUSE」「泰安洋行」「トロピカル・ダンディ」「はらいそ」の4枚で、高校生のころ、毎日のように聴いていたものだ。もちろん、CDではない、レコードの時代である。
特に、ソロ第一作である「HOSONO HOUSE」には、思い出が多い。YMOというよりも、はっぴいえんどの空気を残した、アコースティックな音。タイトル通り、細野氏の自宅で録音したものというから、YMOであるはずがないのだが、「恋は桃色」など、今でもふと口ずさんでしまう名曲揃いの、隠れた名盤である。

それが、つい、数日前、知人から、細野晴臣のライブのチケットがあるんだけど、都合がつかなくなってしまったから、いらない?との連絡をもらった。そうか、行ってみるかな、と返事をしたものの、最近の細野氏の活動はまったく知らないし、どんなもんだろう、と思って調べてみたら、何と、「HOSONO HOUSE」時代の曲を中心にしたライブだというではないか。渡りに船というやつで、気分は一気に盛り上がった。
私にもサンタクロースがやってきたのだ。

ハリーこと細野晴臣という名前を知ったのは、確か、「週刊プレイボーイ」。
イエロー・マジック・オーケストラというバンドを組んで海外進出、という記事だったと思うのだが、そこで、人民服にサングラスというスタイルで写っていたのが細野氏だった。
音楽といえば、フォークソングかロックンロールしか知らない馬鹿な高校生であった私が頭をひねったとしても、誰が私を責められよう。誰も責めはしないが。
そして、その直後に、テレビで、マナという歌手が名曲「イエロー・マジック・カーニバル」を歌っているのを目にした。もちろん、作詞・作曲、細野晴臣である。
それが、YMOに夢中になり、サブカル路線をまっしぐら、となったきっかけである。
いわば、私の青臭い青春を開かせた張本人と言えよう。責任を取ってほしい、とさえ思っている。

すっかり暗くなった九段坂を歩く。
暗闇に浮かび上がる九段会館、いかにも不気味である。
内田百の小説や随筆の舞台として、この界隈はたびたび登場するが、靖国もあることだし、この薄気味悪さ、ハリーのライブには、ある意味、ぴったりかもしれない。

九段会館は、高校生の頃、三島由紀夫の「憂国忌」に行ったことがあるが、黛敏郎の熱弁にうんざりしたこと以外ほとんど何も覚えていない。3階席に座ると、まるで頭上からステージを見下ろしているようだ。すり鉢状というやつだ。後楽園ホールの2階席からリングを見ているようなものだ。禿げたミュージシャンには辛い会場であろう。

ライブは、「ろっか・ばい・まい・べいびい」で始まった。アコースティック・ギターを弾きながら歌うハリー細野。
いやあ、懐かしい。思わず、一緒に口ずさんでしまう。
当時、毎日のようにレコードで聴いていた曲を、四半世紀たった今、こうしてライブで聴いている、というのもおかしなものだ。
細野氏本人が言っていたが、レコーディングはしたものの、ほとんどは、人前で歌ったことのない曲ばかりらしい。
そのせいか、はっぴいえんどの「風をあつめて」では、同じ箇所で二度間違えてしまったハリー。「あ、間違えた・・・」というセリフもチャーミングなのが、ハリーの強みである。

ライブも、細野氏のものとなると、客層も分別がついている。沸くところは沸くし、聴くところは聴く。細野氏がしゃべり始めれば、一瞬にして静かになる。さすがである。昨日、今日、音楽を聴き始めた人たちではない。

いいライブだった。楽しませてもらった。

四半世紀前の責任は、この夜、果たしてもらったということにしたい。
許してあげよう、ハリー。
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