アングルのバイオリン

violon d'Ingres. 趣味か余技か、それとも悪ふざけか・・・ とにかくこれが私の日常。

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小早川家の秋と、パリの夏

パリ5区のstudio des ursulinesという映画館で、小津安二郎の映画をまとめて観たことがある。カルチェ・ラタンのはずれ、サン・ジャック街をちょっとばかり脇に入った、淋しい路地の映画館。トーキーを中心に20本以上の作品を上映してくれたから、ほとんど毎日通いつめて堪能した。
パリの映画館では、夏のバカンスの間、こうして、古い映画の特集などを組んでくれるのが嬉しい。

東京の古い風景などにどっぷりと浸ったあとに映画館を出ると、石畳のパリの街が広がっている。場所も時間も混乱して、ちょっした眩暈のようなものに襲われる。その瞬間がいい。ほろ酔いの気分で路地を歩き、大通りに出る頃には、その眩暈もおさまってくる。あの感覚を味わいたくて、通っていたのかもしれない。

「小早川家の秋」を観に行ったときのこと。
映画が始まって数十分後、主役の中村雁治郎が、夏の京都の町をこそこそと歩いてゆくシーン。これは、昔の愛人の浪速千栄子の家へと向かうためで、その後を、雁治郎の造り酒屋の従業員・藤木悠が尾行している。雁治郎の行動を不審に思った若主人に頼まれたのである。
いかにも暑そうな古い町並みで、ふたりの鬼ごっこが始まる。ひょいっと、姿を消す雁治郎、慌てる藤木悠。
そこで、フィルムが止まった。どうやら、映写機の故障らしい。何度か、再開しようとするが、やはり、数秒で止まってしまう。館内の明かりがついた。係員が出てきて釈明を始める。
「申し訳ないが、機械が故障してしまって、映画の上映が出来ません。チケットをお渡ししますので、次回の上映にまた来てください。」
まあ、そういう内容だった。

フランスの名画座では、一週間同じ映画を繰り返し上映するわけではなく、毎日、毎回、上映される映画が違う。つまり、一日、5回とか、6回の上映回数があれば、そのたびに、違う映画を上映することになる。

「小早川家の秋」の次回の上映は、確か、数日後。何十人かいた客たちは、ぶつぶつ言いながら、身支度を始めた。
私も気分を害された。せっかく、中村雁治朗の絶妙の演技に酔っていた最中である。これだから、フランスの機械は信用できない。

外に出ると、どしゃぶりだった。客たちは、皆、ぼおっと空を見ている。誰も傘を持っていないのだ。もっとも、少しくらいの雨降りでは傘などささないのがパリジャンというものである。ぽつり、ぽつり、と、映画館の外に出始めている。
私も、思い切って外に出ると、サン・ミッシェル大通りの、リュクサンブール駅に向かって路地を走った。この時だけは、残念なことに眩暈など感じている暇はなかった。びしょ濡れのまま、メトロの階段を駆け降りたのである。

もちろん、数日後、改めて「小早川家の秋」を観た。
中村雁治郎が灘の町を歩き出すと、少しはらはらしたが、幸いなことに機械はもう止まらず、最後までじっくりと楽しんだ。

「小早川家の秋」の最後は、雁治郎の葬式である。火葬場から立ち上る煙を家族が見守っている。コメディータッチではありながら、徐々に死の匂いが強くなってゆく、そんな映画だ。

映画館の外は、からっと晴れていた。
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Comment

idealistk says... "おはようございます"
「小早川家の秋」、古い映写機の小さな映画館、しかもパリで見られたのは、僥倖ですね。
終わりの方で、視点が切り替わって、笠智衆と望月優子の老夫婦が野良で、火葬場の煙突から立ち上る煙を見上げて何か達観したような会話をぽつりと交わす。そこまで来て、私は、やはりこれはすごい映画だと思いました。
2006.01.29 09:09 | URL | #- [edit]
猫目 says... "笠智衆"
idealistK様
そうなんです。あのシーンにだけ、笠智衆、出てくるんですよね。河原ですね。
「死んでも、あとからあとから、生まれてくる。」「ようできてるなあ」みたいな感じの会話でした。
これは、小津安二郎の世界観でしょうね。
idealistK様も、小津、観られますか?
2006.02.01 08:26 | URL | #- [edit]
idealistk says... "小津映画適齢期"
学生の頃、「東京物語」(でしたっけ)を見たのですが、プリントの状態が悪かったのか、全く楽しめませんでした。それ以上に、幼稚な男だったので、内容が深く理解できなかったのだと思います。ようやく、最近になって、小津映画に自分の精神年齢が近づいたようで、観れば感動できるようになりました。これから少しずつ、DVDで観てゆくつもりです。また、猫目さんに思い出や感想を書いていただけるのを楽しみにしております。
2006.02.03 22:09 | URL | #- [edit]
猫目 says... "小津を味わう"
idealistk 様
確かに、若い頃は、小津映画なんて見向きもしませんでした。
それは、小津の生前も同じことで、世間では、ヌーヴェルヴァーグなんかが台頭してきて、若い世代からは、小津映画なんて、保守的なマンネリの映画だと思われて無視されていたようですね。
小津映画が再評価されたのは、海外で人気を得てから、のようです。

でも、小津映画の味わい、これがわからない人は不幸だな、とさえ思ってしまいます(笑)。
2006.02.06 09:08 | URL | #- [edit]

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