アングルのバイオリン

violon d'Ingres. 趣味か余技か、それとも悪ふざけか・・・ とにかくこれが私の日常。

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消えたランナー

透明人間。
何とも魅惑に満ちた言葉であるが、何のことはない、私たちは、子供の頃、毎日のように透明人間になっていたものである。

もちろん、透明ランナーのことだ。

もしも、透明ランナー制度というものがこの世に存在しなかったら、私たちは、果たして、あれほど野球に熱中できただろうか。透明ランナー制度がなかったらと思うとゾッとするのは私だけではあるまい。

何しろ、少人数でも野球が楽しめる。
満塁状態で試合を進めるには、ひとつのチームに4人、合計8人のプレイヤーが必要なわけだが、なかなか、8人がそろうことはない。そこで考案されたのが、透明ランナー制度だ。一体、どこの誰が、いつ、始めたのか、透明ランナー制度は、子供たちの魔法のツールであった。この制度の恩恵で、私たちは、例え、ふたりしかいなくても、試合形式の野球を楽しめるようになったのである。満塁、塁上の3人すべてが透明、ということもあるわけだ。

ただ、透明ランナーの走力、これは、厄介な問題だ。
イチローが透明か、野村監督が透明か、では、得点力に大きな差があるだろう。これらを補うのが想像力である。私たちは、誰もいない塁上に、イチローを思い描き、野村監督を思い描く。
クロスプレーが想定される場面。
「今の、イチローだったら、楽々ホームインだな。」
「いや、野村監督だから、三塁でストップだ。」
こんなディスカッションが出来るのも、透明ランナーの良さである。

例えば、プロ野球で、透明ランナー制度が採用されたとしたら、これこそ革命的である。楽天あたりにも是非、検討してほしいものだ。
誰もいない塁上、超満員の観客も、想像力を働かせるチャンスである。受動的に野球を見る時代が終わり、観客それぞれの解釈によって、勝敗が変わってくる。

「透明ランナーが有効なら、うちのチームは、透明バッターや透明ピッチャーを取り入れたい。」と主張するチームも出てくるかもしれない。そうなると、ますます面白い。東京ドームのグラウンドには、誰もいない。観客たちは、誰もいないグラウンドを前に、それぞれの想像力で、試合を見守る。

試合が終わった後の一杯、あれこれと議論するのが楽しい、というファンは多いが、この場合、議論はさらに白熱するだろう。
「今日の試合、俺は、楽天が15対0で勝ったと思うな。」
「バカを言え。ロッテのサヨナラ勝ちだよ。」
「いや、俺は、松坂の完全試合達成、と解釈したな。」

こうなってくると、プロ野球は、本当にファンのものになったと言えるだろう。
透明野球。
野球の人気を回復させるために、これくらいの英断は必要かもしれない。
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Comment

魔羅一郎 says... "見えるものと見えぬもの"
透明人間と云うのは、便利な様でいて、その実、とても不便です。
何故なら、網膜まで透明になってしまうのですから、光が眼球を100パーセント通過する事になります。つまり、網膜には何も映らない。透明人間は、「目が見えない」はずなのです。折角透明になっても、盲目状態では、そのメリットを享受することは難しいでしょう。
超音波器官を発達させる(まあ、根性で進化してみる)とか、部分透明で満足するとか、何かしら方策を講じなければなりません。
更に、当然の事ですけれど、透明でいると云うことは、「全裸」を意味します。衣服を纏ってしまっては、透明人間の意味はありません。冬だと防寒対策が必要になります。そう考えると、透明人間って、結構不自由な存在ですね。
発想を逆転させて、自らの姿から色と形を消すのでは無く、他者に自らの存在を知覚させない、間接的な方法で「透明化」するのが、最も効果的な手段かも知れません。つまり、誰も気付かなければ、透明人間と同じ存在です。
如何にして、それを成すか?
絶えず下らないおやじギャグを言い続ける。そうすれば、周りから黙殺されて、周囲の意識から、存在しない人間へと非在の彼方に押し遣られます。けれども、たまに受けるギャグを言ってしまうと逆効果で存在が浮き彫りになりますし、また、初対面の相手には通用しない方法です。
アフリカの悲劇、ツチ族やフツ族が最早透明化して、誰の記憶にも残っていない様に、意識において透明化を実現する、観念的忘却法も有効でしょう。
或いは、抑も、「見える」とはいったい何なのか?との疑問から始めて、知覚と云う概念の淵源に哲学的に迫る真理の追究を、基礎から研究してみるのも良いでしょう。思わぬ発見があるかも知れません。
そして、如何なる方法によってか、透明化を達成した暁に、女湯を覗くと云う、最も俗的な欲望を満喫する。嗚呼、人間存在とは、是誠に理不尽なり。
2006.03.02 11:50 | URL | #- [edit]
猫目 says... "裸の王様の服"
魔羅姫、お久しぶりです。
レスもつけずに放置してしまい、申し訳ないです。
サイトの方、日々発展を続けていますね。深遠なる世界を垣間見せていただき、嬉しい限りです。

透明といえば、裸の王様の服、っていうのは、透明なのか、それとも、そんなものもともと存在しないのか、気になるところです。
2006.03.15 22:45 | URL | #GaU3vP2. [edit]
魔羅一郎 says... "王様の服"
猫大人、今日は。
長き不在、拾い食いでもして、体調を崩されたのかと心配致しました。
裸の王様の服、との事ですが、若い娘が着用するぶんには、実に宜しいものだと存じます。「わ!?あのお姉さん裸だ!!」なんて騒ぐ無粋な子供がおりましたら、口を塞いでしまうのが、大人の良識だと信じます。正直である事と、自分に正直である事の違いを、子供に学ばせる好機でありましょう。
2006.03.16 12:26 | URL | #- [edit]
猫目 says... "かくも長き不在"
魔羅次郎殿 こんばんは。

かくも長き不在、ご心配をおかけしたようですね。
「かくも長き不在」といえば、デュラス原作のこの映画、アテネ・フランセの授業で観た記憶があるのですが、その時、貴兄もいましたか?
何しろ、20年前のこと、記憶が定かでありません。
2006.03.17 20:07 | URL | #GaU3vP2. [edit]

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