アングルのバイオリン

violon d'Ingres. 趣味か余技か、それとも悪ふざけか・・・ とにかくこれが私の日常。

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澁澤龍彦が死んだ日

hotelphoto.jpg
最初にパリの国立工芸院を訪れたのは、1987年の8月5日のことだ。
何故、そんなことを憶えているのかというと、他でもない、その日が、澁澤龍彦が亡くなった日だからである。喉頭がんを患っていたが、読書中に、頚動脈が破裂したらしい。正確には、この日の午後3時。フランスでは、朝の7時とか、そんな時刻だろう。その日、私が国立工芸院に足を運んだのは、確か、午前中のことである。

フーコーの振り子、アストロラーベ、自動人形、メートル原器、そんな、いかにも澁澤好みのオブジェの数々をゆっくりと見物していったことを憶えている。もちろん、そんなオブジェを眺めながら、澁澤のことをぼんやり考えていたのである。
他に客もおらず、静かな時間だった。

数日後の夕方、私は、友人の手紙で、澁澤が死んだことを知った。
同封されていた新聞の切抜きを手にしながら、私は、ぼんやりと窓の外を眺めていた。といっても、カルチェ・ラタンの安ホテル、窓の外は、狭い中庭で、パリの屋根など見えやしない。こんな部屋には、近くの食料品店で買ってきた、安いテーブルワインが似合っている。私は、そんな殺伐とした景色を眺めながら、安ワインをちびちびと飲んだ。
恥ずかしながら、かつては、私も、澁澤龍彦に憧れ、澁澤龍彦になりたかったクチである。フランスくんだりまでやってきたのも、この人の存在が大きい。彼の著作を何冊か、フランスにも持ってきていた。それが、渡仏後、わずか、1ヶ月あまりで、その先達は逝ってしまった。おいおい、勘弁してくれよ、という感じだった。拍子抜け、というやつである。

静かな夕刻、窓から上を見上げれば、ほんの少しだけだが、空が見える。
そういえば、あの日、私は、国立工芸院で、澁澤好みのオブジェを見ながら、この人のことを考えていたんだな、と、思い出した。そして、何となく、しんみりとして、遠い日本のことを考えたりしていた。何時間か、そのまま、安ワインを、ちびちびとやっていたと思う。

気がつくと、私は、ベッドで眠り込んでいたらしい。窓の外はまだ明るい。フランスの夏は日が長くて、夜の10時頃になってようやく暗くなるから、7時や8時は、まだ昼間みたいなものだ。
ベッドの脇には、さっき眺めていた新聞の切抜きがある。澁澤龍彦が死んだ。59歳、というのは、どう考えても若すぎる、のだろう。しかし、年老いた澁澤も想像できないし、まあ、これでよかったのかもしれない。

私の中では、澁澤龍彦の死というものが、いつまでも、あの国立工芸院の、フーコーの振り子や、アストロラーベと結びついたままなのである。
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Comment

living dead girl says... "突如お邪魔します。"
はじめまして。こんにちは。

澁澤の命日にあわせてというわけではなかったのですが、ちょうど「高丘親王航海記」再読しておりました。
彼が死んだのは私が予備校時代のこと。付き合っていた彼氏に影響をうけてかぶれ始めた矢先でした。訃報に触れた彼の愕然とした表情をまざまざと思い出します。

河出文庫のラインアップの懐かしさ。澁澤さんと彼と、私の奇妙な縁と呼ぶほどのものではものではありませんが、錯綜し、生き残った二人は、なにか不可解な接近と乖離を経て、遠く遠く離れて行きました。

澁澤さんは、どこかに魔法のような図書館を創設しようともくろんでいるのかもしれません。

最近読んだ『ヒストリアン』の何万倍もペダンティックで、暗黒に包まれた図書館を。
2006.06.01 20:48 | URL | #Mwlh7svM [edit]
猫目 says... ""
living dead girl様、はじめまして。

澁澤の死に、やはり、思い出があるのですね。
河出文庫に入った頃から、澁澤リバイバルともいうべきものがきて、若いファンが増えたようです。

「ヒストリアン」、読んでいませんが、つまらなかったのですか・・・?

今後ともよろしくお願いいたします。
2006.06.05 19:54 | URL | #- [edit]
魔羅一郎 says... "ナイトランド"
猫ターレン、今日は。
生ける死人娘様、初めまして。
澁澤の訃報、小生には何故か記憶がありません。
耽読の余り、澁澤の顰みに倣おうと、せめて仏語くらい分からなければ、話にならない・・・そう思って習得した仏語も、全て澁澤愛読に源を発します。それなのに、澁澤の死を知った時、大した感慨も無く、「ああ、そうか・・・」と妙に納得したものでした。
澁澤は、生前から曇りのない水晶の様な存在でしたから、生とか死の隔たりを気にせず、すぅーっと他界に漫遊にでも出掛けたのでは、そんな風に感じたくらいでした。

『ヒストリアン』、話題になっておりますが、小生は未読であります。ハリポタ、ダレシャン、魔法ブームとでも云いましょうか、軽いファンタジーがもて囃されるこの頃、ブームを睥睨しつつ、少し読んでみました。でも、余りのつまらなさに辟易して、投げ出してしまいました。だから、ダヴィンチ・コード・・・ヒストリアンも、わざわざ購入してみる気になれません。
もし宜しければ、生ける死人娘さんの感想などを、お聞かせ願えたら幸いです。
因みに小生、最近、ウィリアム・ホープ・ホジスンの『ナイトランド』を読んでおります。もう、四五回目の再読ですが、何度読み耽っても圧倒されます。
正に、人間の想像力の限界、ファンタジーなどと甘い言葉で語るには、余りに重く苦しい、そして壮大に過ぎる物語です。最近、ナイトシェイドなる小さな出版社から、『ナイトランド』の最もオリジナルに近い完全校正版を手に入れ、耽読している次第ですが、もしファンタジーに興味がおありでしたら、猫先生にも、生ける死人娘さんにも、大変にお奨めです。『ナイトランド』は、永遠に続く夜の世界、魑魅魍魎が跋扈する遠い未来の破滅した地球に、細々と生き残った人間の物語です。主人公は、永遠に等しい時間を超えて、死に別れた恋人との純愛を貫く為に、彼女の生まれ変わりを助けようと、地獄の様な世界を、独り旅するのです。でも、『ナイトランド』はその粗筋よりも、作者ホジスンが描き出す、人間の想像力の限界に迫る、圧倒的な世界観にありましょう。
猫先生も、何かお奨めがあったら、教えて下さい。
生ける死人娘さんにも、お願いします。
2006.06.07 22:03 | URL | #- [edit]
弟 says... "ホジスン"
弟です。
ホジスンの名前にぴんと来ました。魔羅さんのおっしゃる「ナイトランド」は、昔、ハヤカワ文庫から出ていた「異次元を覗く家」と同じものではないでしょうか。
こちらの奥付では原題は
The House on the borderland
となっていますが。
ぼくも非常に引き込まれて三回ほど読みました。なんだか悪い麻薬みたいな重い憂鬱なイメージの世界ですよね。今、気づいたんだけど、諸星大二郎の「暗黒神話」の56億年後の世界って、この本の影響があるかも。

ハヤカワ文庫のは絵もチープで不気味な味があって、カラーの口絵には本文からこんな引用がついています。

「緑の太陽の下、化物どもの群れに覆いつくされた〈家〉を私は見た―世界の終末だ!
2006.06.07 23:34 | URL | #- [edit]
魔羅一郎 says... "ホジスン、嬉しいですね!"
弟さん、こんにちは。
弟さんは、もしかして、猫先生のリトル・ブラザーでしょうか?
そうでしたら、お久しぶりです。
人違いでしたら、ゴメンなさい(ペコリ)。

「ナイトランド」は原題がThe Nightland: A Love Taleで、『異次元を覗く家』とは別の小説です。けれども、『ナイトランド』は『グレン・キャリグ号のボート』、弟さんが仰る『異次元を覗く家』と並ぶ「ボーダーランド三部作」と呼ばれるホジスンの代表作の一つです。三部作とは云っても、それぞれの物語は連作と云う訳ではありません。世界観が似ているけれど、一つ一つが独立した物語です。私見では、一番出来の悪いのが『グレン・キャリグ号のボート』(未訳)で、良く云えばエンターテイメントに徹してる、悪く云えば(ホジスンの小説にしては)凡作・・・。
『異次元を覗く家』は弟さんが指摘して下さった通り、早川文庫から出ています。若き荒俣宏が、団精二のペンネームで翻訳しました。『ナイトランド』も荒俣が絶賛し、自ら訳した一冊で、一度絶版になりましたが、今は原書房から再版されております。
細かい事を云えば、和訳版『ナイトランド』は、完訳ではありません。バランタイン版を底本にする、後半部分が大幅にカットされたもので、日本語に訳された完全訳はありません。
けれど、カットされた部分は、ある意味、結果的には良かった気もします。それと云うのも、『ナイトランド』はホジスンを絶賛する人達にとってさえ、余りに冗長に過ぎる物語で、特に後半部は、有り体に言って、読み通すのが困難な程、退屈でさえあるからです。
カットされた部分のほとんどは、物語の進行とは関係の無い、ホジスンの女性観、ヴィクトリア朝的な純粋乙女崇拝、リラダンの『未来のイヴ』よろしく、乙女とは如何にあるべきか・・・との、延々と続く説教節だからです。人間の力など遙かに及ばぬ怪物が跋扈し、一瞬でも気を抜けば命の無い世界で、乙女の純潔を讃える主人公の思索が、ある意味滑稽にさえ思えます。他に考える事があるだろうと、突っ込みを入れたくなります。
その上更に、ホジスンの文体は雅文体とでも云えば良いのか、古い文章を模した擬古文で記されていて、例えば日本の近代小説を、江戸時代の文体で書き記した様な、実に読み難いものです。カットされて当然と云えば、当然でしょう。荒俣もそう判断したのでしょうか、日本語訳は、その点実に読み易くなっています。

諸星大二郎の「暗黒神話」は、直接ホジスンの影響を受けたと云うより、ホジスンを崇拝した怪奇作家、H.P.ラヴクラフトの「クトルフ神話」と呼ばれる邪神体系をモチーフにしたものだと思います。諸星大二郎には、確か女の子が主人公の、コメディータッチの、明らかにと云うか、あからさまにラヴクラフトのパロディを描いた作品があったと記憶します。

弟さんが紹介して下さった『異次元を覗く家』、私も大好きです。
人里離れた、朽ち果てた家に妹と暮らす老人が、夜な夜な襲ってくる異次元の怪物と戦いながら、時間が加速して、宇宙の終末を幻視する、壮大な物語ですね。オラフ・ステープルドンやH.G.ウェルズも、世界、いえ、もっと雄大に、宇宙の破局を描く際に、みなホジスンのイマジネーションを剽窃したとさえ云われる、いわば宇宙的破滅物語の草分けと言っても過言では無い傑作だと思います。
それと、最後に付け加えると、東京創元社から出ているホジスンの短編集『夜の声』は、我々の世代なら、子供時代に映画で観た、あの「マタンゴ」の原作であります。映画「マタンゴ」は、絶海の孤島でキノコに寄生された人間達の、極限状況を描いた物語ですけれど、原作では、人間の醜さよりも、むしろ、切ない程の愛を描いた泣ける話になっています。
2006.06.08 11:15 | URL | #- [edit]
猫目 says... ""
魔羅氏、こんばんは。
澁澤、確かに、すでに彼岸の人、みたいな部分もあるし、遺作の「高丘親王航海記」なんかを呼んでも、生きるとか死ぬ、とか、そういう境界にはあまり興味がなかったような感じもしますね。

弟。
昨日、母は「ダ・ヴィンチ・コード」を観に行った。是非、感想などを訊きに訪れて欲しい。
2006.06.11 20:52 | URL | #GaU3vP2. [edit]
Missa says... "澁澤龍彦氏"
はじめまして

亡くなったのは59歳だったのですね。当時のことは知りませんが、少し年齢を重ねて読み方が変わってきました。10年以上前に購入したサドの文庫本などを読み返したりしております。

パリにはめったにいけないのですが、国立工芸院、ぜひ行ってみます。
2006.11.14 07:33 | URL | #gsEKP8hM [edit]

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